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2010年2月16日 (火)

東京消防庁救急相談センター

今だから、落ち着いてお話できる話です。
1月29日に1歳になったばかりの娘が、階段(14段)から落ちました。
妻が台所で夕飯の支度をしていて、妻の足元で娘が遊んでいたので、「危ないからパパと遊んでいようね」と言って、私が娘の面倒を見ていました。
 
一緒に娘の人形や本で遊び、そのうち一人で遊び始めたので、チラチラ気にしながら、放っておきました。
そして、ふと気を抜いたときに、ドタドタッと音がしました。娘が階段から落ちました。
それまで娘は、階段まで行くと なぜか足を止め、決して足を踏み出すことがなかったので、安心しきっていました。
 
落ちた音に驚いて台所から出てきた妻。
階下で泣き叫ぶ娘。
娘が大声を出して泣いたので、妻が落ち着いて行動してくれました。 
泣き叫ぶ娘を抱っこする妻。
一見、娘に怪我はなさそうで、救急車を呼ぶほどではなさそうですが、でも、このままというわけにもいきません。
「電話の横にある救急の冊子を見て、そこに書いてあるところに電話して」と、私に指示を出します。
 
冊子には、「東京消防庁救急相談センター」というところの電話番号(♯7119)が書いてありました。
電話をして、娘が階段から落ちた話をすると、看護士さんに変わってくださいました。
落ち着いた声で、子どもの様子を確認するように指示してくれます。
 
「ばんざいはできますか?」
「グーパーはできますか?」
「自分の力で立てますか?」
「名前を呼んで反応しますか?」
「耳や鼻から液体はでていませんか?」
 
言われたことができる旨伝え、おでこにコブができてしまったことを伝えると。
 
「怪我や骨折はないと思いますが、頭にコブがあるのなら脳神経科での診察をお勧めします。ご住所をお教えください。お近くの、脳神経科のある病院をお探します」
 
待つこと ちょっと。
 
「お宅の近くの、脳神経科のある病院が3件あります。1件目は○○病院で、電話は△△△-△△△△ 2件目は・・・ 3件目は・・・。電話していただいて、先生がいらっしゃるか確認のうえ、診ていただいてください」
 
「ありがとうございます」
 
教えていただいた病院のうち、一番近い病院に電話をすると、先生がいらっしゃり、診てくださるとのこと。
電話を終えると、出かけられる支度を整え、妻が娘を抱っこして待っています。
車で病院に向かいました。

病院に着く頃には、娘も落ち着き、ここはどこ?といった感じでキョロキョロしていました。 
午後7時頃の出来事でしたが、病院ですぐに先生に診てもらうことができました。
診察室に入り、いつもと違う空気を感じた娘はまた泣き出しました。
レントゲンを撮って、娘の頭を触診し、先生が「ヒビも入ってないし、こんなに元気に泣けるなら、しばらく様子は見ないといけませんが、大丈夫ですよ」
 
ホッとして寺に帰りました。
寺に帰り、いつも以上に妻に抱きつく娘。「いい子、いい子、よく頑張ったね~」と、娘をなでる妻。
「ごめんね」と言って、なでようとする私。その私をにらむ娘。
「悪かったよぉ。にらまないでよ」という私に、「そういうふうに見えるだけだよ」と笑う妻。
自分に非があることを認めると、そういう目で見られているんだという気になるものですね。
   
お風呂に一緒に入ると(入浴も許可されました)、いつものようにはしゃぎまわり、風呂場で転んでました。
一時はどうなるかと思いましたが、安心して一緒に眠ることができました。  
      
 
       
娘が階段から落ちてから丸3日以上経ち、元気にしています。もう大丈夫だと思います。
今になってやっと書けることですが、先に紹介した「東京消防庁救急相談センター」(電話♯7119)は助かりました。
救急車を呼ぶか否か迷ったとき、どのように対処していいか迷ったとき、適切な判断をしてくださいます。
今は、自分の都合のため(ゴキブリ退治してとか、朝起こしてとか、病院に行く時間に救急車で迎えに来てとか)に救急に電話をする方が増えている時代。救急はパンク状態です。
先ずは「東京消防庁救急相談センター」(♯7119)で判断を仰ぐことをお勧めします。(自分の都合のために電話することはやめましょう)
ちなみに、東京都だけの体制のようです。   
        
     
     
子どもは何をしでかすか分からないとは言いますが…
コンセントの差込口に針金を差し込んでショートさせたり、ストーブをまたいで太ももを火傷したり、ネズミ花火を手に持ったまま回転させて火傷をしたり、工作用カッターで指を切ったり、転んで頭を打って14針縫ったりした経験のある私ですので、
「あなたの子だから、何をしても不思議じゃないわよね」と、坊守(母)に言われました。
私もそう思います。
今後も気をつけなければ。 
ごめんね、油断したパパが悪かったよ。

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コメント

年末年始の秋田滞在中、クッションや近くに座っている人のヒザを利用して居間のソファーによじ登ろうとしておりましたので、階段も登り始めたか~って感じですね。
怪我がなくて何よりです。

ワンパクなのは遺伝ですか。。。
尚、姉も私も大きな怪我をしたことがありませんし、
体は頑丈な方だと思いますので娘さんも丈夫だと思われます。
私が3歳の頃だったか、家にあった滑り台から
姉に突き落とされた時はさすがに肩を脱臼しましたが・・・。

大変でしたね。

最初、最後のパラグラフ、一歳の娘さんのお話かと誤解して驚きましたが、お父様のお話だったのですね(^o^;)。考えたら一歳ではあり得ないですね(^o^;)。

> ごめんね、油断したパパが悪かったよ。

誰かに頼りにされること、誰かのために生きることというのは人間の唯一にして最大の喜びですね…。

フロイト曰く、人間の本質が自己保存だったり自己愛だったり利己心だったりというのは虚偽であり、人間は本質的に根本的に徹底的に利他的であるという、とてつもなく怖ろしいことを言ったわけです。

快楽原則は底のものではあり得ない、なぜなら、快楽原則が、一番基礎なのだとすると、人は、自分にとって「よきもの」が何かを知っていなければならないことになるが、人は自分に取って何が「よきもの」であるかを知らないから…という実に怖ろしいことを言ったわけです。

それは原理的なことなのでどうしようもありません。

私は私が欲しいものは知らないので、他人が高級車が欲しいから自分も欲しいと演じてみるというのは仕方ないわけです。

あまりにも他人の欲望に支配されすぎ、他人から尊敬されたい、認められたいということに、あまりにも支配されすぎるのは、メンタルヘルス上、良くないとは思いますが、全く、他人と没交渉というのも無理。

逆に考えると、人は自分のために何かするというのはできないですが(何しろ人は何を自分が欲しているかは知りませんので…)、人から頼りにされていると思えばいろいろできるわけですし、それは人間にとって唯一かつ最大の喜びではありますね。

自分が知らないが自分が本当にしたいことが、自分の近しい人、自分が会話している人に乗り移って、他人が実現してくれる。ほかの人が本人は気がついていないがその人が本当に望んでいることが自分に乗り移って自分が実現してあげる(転移、無意識の欲望の交換)。

もちろんこれは事後的であって、後から、ああ、あの人がやってくれたこと(これは、今日、あの人がカレーライスを食べた程度の些細なことを含みます)は、自分がやりたかったことだったんだなぁ~と分かるのは、他人が何かしてくれた後ではありますが。


☆妻の弟さん
☆theotherwindさん
 
ご心配をおかけいたしました。
コメント、厚く感謝申し上げます。
娘は何事もなかったかのように、元気に成長しております。ちゃぶ台やソファーに、懲りもせず上りながら。
目を離すなよという警告だったのかもしれません。

> 娘は何事もなかったかのように、元気に成長しております。

よかったですね。

一歳半くらいから、この子はこの日本語の文章は絶対にこの子のこれまでの人生で聞いたことはないはずであるという日本語の文章が組み立てられて話すようになりますね。ものすごく感動します。

(もちろん、子どもが生まれたときに、既に、考えられないくらい感動しますけれども。これで自分は死んで良いということと、同時に、この子が結婚するまでは一生懸命生きないとという、文字面からだけからは、表面的には矛盾する考えが、実際には矛盾無く、同時に体で了解できますから。もちろん、子どもが生まれなくても、後進というものは人類にはありますし、友人というものもありますから、子どもである必要はないですが。)

うちの子どもの小学校低学年のときの作文で「あるんだけどないんだけどあるんだけどないんだけど、ある」という文には感動しました…。

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