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2010年1月28日 (木)

親鸞さまがおわします①

【プロローグ】
来年2011年、宗祖 親鸞聖人(1173~1262)の750回御遠忌法要が勤まります。
いのちを終えて後、750年を経ても伝わる聖人の人柄・おしえとはどのようなものだったのでしょう。御遠忌を前に、聖人の生涯・足跡を訪ねてみたくなりました。
 
【第1回 誕生】
1173年(承安3年)、京都 日野の地に、親鸞聖人は誕生されます。
父は藤原家の流れをくむ日野有範(ひの ありのり)。公家の下級官吏でした。出家隠棲したと言われています。母は、源氏の流れをくむ吉光女(きっこうにょ)と伝えられていますが、確かなことは分かっていません。母とは幼いときに死別しました。
聖人誕生の頃、源平の争いによる戦乱と、大火や飢饉で、京の都には死者が溢れていました。まさに明日とも知れないいのちを、誰もが生きている時代でした。
聖人と四人の弟たちは、伯父の日野範綱(ひの のりつな)の家に預けられ、幼少期を過ごします。また、もう一人の伯父の日野宗業(ひの むねなり)に、漢籍(漢文で書かれた中国書籍)や今様(平安期に流行した歌の形式)を習いました。
漢籍や今様を学ぶため、範綱の屋敷と宗業の屋敷とを行き来します。その時間は、都の様子を肌で感じる時間でもありました。
都に溢れる死者とその臭い。死者の身に付けているものを奪って、いのちをつなぐ者。荒れ果てた世の中において、なんとか希望を見出して生き抜こうとする者。それらとの出会いは、幼く、好奇心旺盛な聖人にとって、宗業のもとでの修学以上に、多くの刺激を得るものでした。
  
   
  
「親鸞さまがおわします」は、私の中での親鸞聖人、私のいただきを書いています。史実とは違う点も出てくることもあるかと思いますが、ご理解のうえ、お読みください。
毎月1日発行の寺報(ペーパーメディア)に掲載していますが、ブログには、毎月28日にアップしようと思います。

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コメント

> 聖人誕生の頃、源平の争いによる戦乱と、大火や飢饉で、京の都には死者が溢れていました。

われわれから8世代くらい遡ると、自分の子どもに食べ物を分け与えるような優しい人から先に死んでいく時代なので、生き残って、われわれのご先祖様になっていただいた方々は、親兄弟、子ども、連れ合いの食べ物を奪って生き残ったことによって、われわれのご先祖様になっていただいたということですね…。

現代でも、アメリカ合衆国ほど毎年大量に貧困故に餓死している人を出していない(アメリカ合衆国より”貧困な”国は多分ないと信じたい)とは思いますが、日本もアメリカ化への途上にあるのだとすれば、ますますそういう方向に進んでいるのでしょう。

全世界の食料生産は全世界の食料需要を補ってあまりあるだけある事実、アフリカならアフリカだけみても、アフリカの食料生産はアフリカの食料需要を補ってあまりあるという事実、ここ200年くらい、世界人類の生活水準は平均では右下がり(悪化)、最貧困の階層をみれば、人類(ホモサピエンス)というものがこの世に生まれて以来、かつて経験したことのない、史上最悪の貧困を経験しており、日々ますます悪くなっている…等々、現代日本人で、常識として知らない人はゼロに決まっているわけですから、特に、自分が小学生だったころには、大人はそういう話題を語らないが、自分は、当たり前に知っていた(けれども口に出せなかった)わけで、今でも子どもは、心を痛めていると思います。

大人は、だんだんにそういう、既にはっきり知っている事実を忘れるというか、考えないようにするというか、鈍感になりますね……。

自分が小学生の時に考えたことが、もちろん、子どもですから考えが青いのですが、本質としては正しいな…と思うことがあります。

たとえば、小学5年生(←だったと思います)の時に書いた作文で、みんながマイカーを買いたいというような社会は間違いという作文があるのですが、今、考えても本質的には正しいような気がします。

高校1年になって経済学の授業があって、なぜ不況というものが起きるのか、それはみんなが不況がやってくるのではないかと思うから…と習いました。

即ち、明日、収入が下がるかも知れないなとみなが思うと今日の消費を減らして貯金する、すると、本当に不況となる(予言の自己実現)、すると、ますます財布の紐が堅くなり、ますます不況に……という話。

すると、私が小学生の時に作文に書いたように、安心して死ねない社会、無縁死するかも知れないなぁ、実際毎年3万人無縁死しているし、という社会では、たとえば、いま・ここで、炊き出しのボランティアにみんなが参加するという、純粋贈与し合う、本当の人間社会にはなり得ないという悪循環が発生することになります。状況が悪いことでますます悪化。

これは一個人ではなかなか直せないですね。

(もちろんできることからこつこつと…ということを否定するものではありませんが。)

持ち家が欲しい、すると、住宅ローンがあるから、いま・ここで、みながお互いに、お金を人に回し合うということができなくなる、個人墓が欲しいでも同じですが。

それは、一個人では、なかなか直せません。

国が、安い賃貸住宅や、安い倶会一処墓(?)を大量に供給してくれないと、安心して、いま・ここで、人間らしい暮らし、他人と助け合う暮らしはしにくいと思います。

小学生の時に私が思ったことは本質的には、今、考えても正しいように思います。

一般書店で普通に売っている、薄い新書版の親鸞入門書のようなものを立ち読みしますと、先ず、夢告があったので、法然上人のところに行きましたという順序になっていたりしますが、間違い(というとちょっと言い過ぎで、そういう本の場合、仕方ないのは分かります)だと思います。

人間、比叡山で二十年も修行したら、その道を諦めることなど自分の考えではできるはずがないと思います。

法然上人のところに行く前に、予め、自分で、法然上人のところには本物がある、自分が本当に求めるものがある…と、自分ではっきりと意識して知っていたとは考えにくいです。そんな未来の事が予知できたら超能力者です。無理があります。

そうではなくて、自分の意識、自我ではなぜかは分からないが、比叡山を下り、自分の意識、自我ではなぜかは分からないが、法然上人の元に行った。

何かに突き動かされて行った。

自分で、分かって行ったわけではないと思います。

行った後で、「ああ、あの夢の意味はこういうことだったのか」と、後から、知った…

というのが自然だと思います。

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