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2009年6月10日 (水)

道標

ちらかった部屋に通されたら、ちらかっていることが気になることでしょう。
「少しは片付けろよ」と、文句も出ることでしょう。
でも、きれいな部屋に通されたら、特になにも感じないことでしょう。
だから、「きれいですね」とか、ほめることばも出ないことでしょう。
 
服にほころびがあったら、
「縫っておけよ」と、文句も出ることでしょう。
でも、知らないうちにほころびを直されていたら、その事実を知らないままになる。
「縫ってくれて、ありがとう」なんて感謝のことばが出るはずもない。
 
道路を無謀な運転をする人がいる。
今まで事故を起こさずに済んでいるのは、自分の運転のテクニックが上手いからなんて思っているかもしれない。
多くの人間の安全運転のおかげで、事故にならずに済んでいるのに、それに気付かない。
事故を起こす前に、気付いて欲しい。
 
街の環境が整備されていても、そのことに気付かなければ、
不備にばかり憤りを感じることでしょう。
「ここがああなら便利なのに」「これは不便で腹が立つ」
便利さばかりを追求してると、すでに私のために為されている優しさに気付かない。
  

  
綺麗にされていて、直されていて、安全安心で、優しさに満ちた世界にいるのに、
それに気付かない私は、
汚れて危険な環境に身を置いているのと同じこと。
汚れて危険な環境は、私自身が作り出す。
どんなに環境が整っても、たとえここが浄土でも、
私ひとりのために、たとえ浄土でも地獄になる。
 
綺麗にしていて、直していて、安全安心に気を配り、優しさを発しているのなら、
それに気付いてもらえないことを、愚痴ってはいけない。
こんなにしているのに、こんなに頑張っているのに、こんなに想っているのに…
こんなにする、こんなに頑張る、こんなに想うのは、褒めてもらいたいから?
いや、元々の想いは違うはず。その想いを忘れないで生きたい。
気付いてもらえなくても、褒めてもらえなくても、
見ていてくれている人は、必ずいるのだから。
だから、愚痴らなくてもいい。愚痴ると、自分で自分を安っぽくしてしまいますよ。 
  
   
優しさに包まれて生きているのに、その事実に気付かずに不平不満ばかりの不幸。
でも、優しさに包まれている事実に気付くことが幸せなのではない。
すでに幸せの中に身を置いている。感謝の日々。
幸せだから感謝するのではない。感謝しているからこその幸せ。

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コメント

こんにちは!

朝、目覚めて眠い目をこする。
当たり前のようにしているけど、本当はものすごくありがたいこと。でも、当たり前すぎて感謝の気持ちを忘れがちでした。

たまに、寝起きが悪いと不足に思う。そんなときばかり愚痴をこぼしてしまいます。

世の中に、当たり前なんて無いのですね。
日々のいのちあることを忘れがちでした。

「気付いてもらえなくても、褒めてもらえなくても、見ていてくれている人は、必ずいるのだから。」         いつもながら、こころに響くことばでした。
小生は、現在通院中ですが、病院に行くといつも思うことは、医師や看護師の方だけではなく、受付や会計などの事務の方、清掃や設備管理の方など、さまざまな役割の方がそれぞれの役割をきちんと果たしてくださっていらっしゃいます。世の中には、いろいろな場で、人知れず、自分の任された役割を懸命に果たしてくださっている方々がたくさんいらっしゃいます。目立たない地味な仕事をなさっていて、「報われない」と思うときもあることでしょう。でも、世の中の人々が見ていなくても、神様仏様ご先祖様は、きっと見ていてくださる、小生はそう思います。森鴎外のことばに「人爵より天爵を重んず」ということばがあります。これからも大切にしたいことばです。そして、お目にかかったことは無いけれど、小生の暮らしを支えてくださっている多くの方々に「ありがとうございます」と申し上げたいと思います。

☆たかさんへ
こんばんは 食事はちゃんととっておられますか?
今日は、東京は暑かったです。そちらはいかがでしょう?
朝、目が覚める。当たり前のようですが、でも、有り難いことです。目が覚めないということは、そのまま永遠の眠りに入っていくわけですものねΣ(゚д゚;)

☆がくさんへ
私が、立って、歩けるのは、なぜでしょう?
それは、大地があるから。
大地がなければ、立つことも、歩くこともできません。
 
地に足をつけて、勉学に励んでください。
見守ってくださっている方は、必ずいますから(*゚ー゚*)

昨日は「白骨の会」に参加させていただき、ありがとうございました。かつさんからA氏と私がご相談を受けるという形で始まったと思うのですが、私としては過酷な体験が無く、法話をする当事者でもないということで、いい加減な考えを話してしまったようで、お力になれずに申し訳ありませんでした。

会の最後にお聞かせいただいた、A氏と私のいつもの話についての準坊守様のご発言は爆弾でした。自分の方に人を引き込もうとしていると聞かれてしまうからには、当方にそのつもりは無かったとは言え、何らかの非があったことは確かです。それが何であるか、我を立てていたのか(恐らくそうでしょう)、今後はどうすればよいのか、静かにしていようか等と気になっています。

☆やすさんへ
先日は白骨にご参加いただき、相談にのっていただき、ありがとうございました。
信じる道を突き進む。あらためて覚悟ができました。
 
あまり深刻に受け取らないでください。
どうぞ今まで通り、ご自分のペースでお話ください。
白骨のご案内、あらためてさせていただきます。来月もご参加ください。お待ちしております。

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