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2009年4月 9日 (木)

アレン・ネルソンさんをご存知ですか?

アレン・ネルソンさんは、元アメリカ海兵隊員で、ベトナム戦争を経験されました。戦地に赴き、生きるか死ぬかの現実を生き、帰還しました。
戦地ですから、ひと時も気を抜けません。食事のときも、用を足すときでさえも。殺るか殺られるかの世界です。そんな緊張感の中に身を置いていましたから、帰還してから、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみます。
ある日、高校時代の友人と再会します。友人は小学校の先生をしていました。ネルソンさんがベトナム戦争から帰還したことを知っていたので、戦争体験を生徒に語って欲しいと頼みます。しかしネルソンさんは断ります。戦争のことは忘れたかったのです。
それでも友人は頼み続け、ついにネルソンさんは引き受けます。戦争一般の恐ろしさを語る程度のつもりでいました。

生徒たちの前で話し終え、質問の時間に一人の女の子が尋ねました。
「ネルソンさんは、人を殺したんですか?」
ネルソンさんは驚き、顔を伏せてしまいました。それでも、子どもに嘘をついてはいけないと、顔を上げて答えました。
「はい、私は人を殺しました」
子どもたちが驚き逃げ出す姿を想像していたネルソンさんに、質問した女の子は近づき、ハグしました。他の子どもたちも、ネルソンさんに駆け寄り抱きしめたのです。
この時の感動がネルソンさんを動かします。「戦争の真実を語りたい」と。

ネルソンさんは、必死でPTSDを治し、戦争体験を語る語り部として活動を始められます。大人は頭で考えようとするけれど、子どもたちは、体全体で戦争を掴もうとしてきます。ネルソンさんは、主に子どもたちに対して戦争体験を語ってきました。

アレン・ネルソンさんが、2009年3月25日(日本時間26日)、多発性骨髄腫で亡くなりました(61歳)。
ネルソンさんのことは、昨年、推進員養成講座でお世話になった佐野明弘先生からお聞きするまで知りませんでした。
隠したい事実・消し去りたい事実から逃れずに、真実を語ることを選んだネルソンさん。人を殺す罪を犯したけれど、その罪は、いったい誰が起こしたというのでしょう。誰が悪いというのでしょう。罪の意識を消そうとしたり、安易な運命論(私が悪いのではない。たまたまそういう運命だったんだと考えること)で気持ちを落ち着かせてはいけないのです。
佐野先生は、ネルソンさんと親交がありました。先生の法話からは、自身が持つ罪を見つめよという想いが伝わってきます。その想いは、ネルソンさんとの出遇いがあったからこそ湧いてきたのではないでしょうか。
「許されている」とはどういうことなのか。「許されて」それで終わりなのか。一人ひとりが、もっと考えて欲しいと思います。
ネルソンさん、実際にお会いできませんでしたが、あなたの想いを受け継いだ方から、人として生きるということを学んで生きたいと思います。
合掌
 
注)今日の文章は、寺報(2009年4月号)の裏面に記載した文章です。

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コメント

昨日は五組同朋会の進行のお役目、ごくろう様でした。T先生の法話は、私が座っていた周囲では「わからない」「難しい」というため息が盛んに聞えていました。私はそうは感じなかったのですが、それはよく聞いていないか鈍感だからかも知れません。

月末の「永代経法要」で法話をいただく先生のプロフィールを、いくつかの寺報で読ませていただきました。寺報をちゃんと読んでいない実態がバレてしまい、お恥ずかしい次第です。済みません。

☆やすさんへ
五組同朋会へご参加いただきまして、ありがとうございます。
もしやすさんが鈍感ならば、「鈍感」という言葉は、「聞こえている」という意味と同義だと思います
お話でも、座談でも(やすさんがいたグループ以外の班でも)、「聞く」ということが問題になっていました。一言で「聞く」といっても、難しいものですね。「聴く」の意味を脱しないところでしか「聞く」ということを感得できなければ、「聞こえてくる」ということはないと思います。すると、「聞く」ということが、「聞くだけでいいのですか?」という疑問にすりかわってしまう。それでは「わからない」「難しい」という疑問も出てくることでしょう。
ここ数日、ちょっと淋しい思いをしています。
 
永代経の講師を、4月の聞法会で紹介しなかったのは、私のミスです(「おみがき」のことも言わなかったし)。レジュメは間違いだらけでしたし、4月の聞法会はダメダメな私でした。せっかくの大事な時間を、申し訳ありませんでした。
でも、永代経は楽しみにしてください。真宗門徒と呼ばれてきた方々の歩みを感じることができると思います。私自身とても楽しみにしています。

昨夜は「白骨の会」に参加させていただき、ありがとうございました。「おくりびと」を見せていただき、感動と共に物足りなさを感じたことも、勝さんが仰ったとおりH先生の法話抜粋講録を読ませていただいて、かなりハッキリしてきたようにも感じます。感動したことは、登場する人々がもっくんの仕事ぶりを実際に見て死を忌むことが徐々に解かれていったことと、もっくんが宿業を引き受けていったことです。ただし死を忌まないことも、宿業を受けることも、ヒューマニズム・人間の思想に依っている限りは大きな壁にぶつかることになると感じます。

☆やすさんへ
白骨の会にご参加いただき、ありがとうございます。
たまには映画鑑賞会もいいかなと思い、企画させていただきました。
私は、個人的に家で映画を見る人ではないので、ある意味つき合わせてしまったかなと、思ってもします。でも、一緒に映画を見て、その感想を話し合う。楽しかったです。
 
大きな壁…もう既にぶつかっているのだと思います。でも、ぶつかっていることに気付いていないのではないでしょうか。

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