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2009年4月 6日 (月)

法話は事故

ある講座への出講が決まり、お世話になる住職に、「こんな感じで話してほしいとか、レジュメを用意して欲しいとか、なにか要望はありますか?」とお尋ねしました。そうしたら住職は言われました。
 
「ご講師に要望なんて、失礼な話です。私はね、法話は事故だと思っているんですよ。話してみて、そこで初めて話し手と聞き手に、想いが起こるわけです。
話を聞いた門徒さんにとって、良かったと思えることもあれば、聞くんじゃなかったということもあるかもしれない。
話し手にとっても、良い話だって言ってもらえるときもあれば、批判を浴びることもあります。
話す前に準備をすることは必要なことです。でも、どんなに準備しても、思うとおりに話できることって、ありません。話してみて、そこで何かが起こるんです。そういう意味で、私はお話をすることは事故だと思っています。あなたも、自分の想いを語ってください。要望とすれば、それだけです」
 
事故…自分の想いを離れたところで起こる出来事です。
現実の事故は起こらない方がいいですが、法話という事故は、自分ひとりの想いの中では思いつきもしなかったことがパッと生み出される。新しいなにかが見えるというアクシデント。
それを目的に話すわけではないけれど、話すことを通して、私も、聞いてくださる方々も、こころの中に小さな花が咲けばいいなと感じました。
どうぞ よろしくお願い致します。

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