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2009年2月15日 (日)

じっと手を見る

早いもので、2月も折り返しですね。
今年の2月は日曜始まりで、ちょうど4週間で終わるので(4行で納まるので)、カレンダーがスッキリ感じますね。
  
さて、一週間ほど前、床屋に行きました。
いつも私の髪をカットしてくれるお兄さんがいます。
今となっては私の髪も淋しくなってしまいましたが、若かりし日の、クセの強い私の髪(前髪は天然パーマ・後ろ髪は下から上に向かって生えるクセ毛・おまけに頭の形が格好よくないので形を整えるのも大変なのです)を、上手にカットしてくれる、腕のいいお兄さんです。
 
会計のときに、ふとお兄さんの手が目に入りました。(カットしてくれる人がレジ打ちをします)。
カサカサでひび割れて、技術を身につけるまでにつけたであろう傷跡が残っています。
あぁ、こんなになってまで私の髪を切ってくださっていたのですね。
頼りにしているのに、今まで気づきもしなかった。
申し訳ない気持ちや、感謝の気持ちが入り混じった想いがしました。
 
100年に一度の不況などと表現される、現在の不況。
多くの人々の首が切られています。
 
でも、この不況の中、繁盛しているお仕事もあります。
洋服を縫い直してくれるお仕事が繁盛していると聞きました。
破れたり、サイズが合わなくなった衣類を直してもらうのです。今までだったら、「着れなくなった」と言ってすぐに捨てていた衣類も、今は直せる限り直して着ようとされるのでしょう。
 
1000円カットの床屋さんも繁盛していると聞きました。
繁盛していると聞いて、「腕はどうなの?」と尋ねてしまいました。
「腕が悪かったら誰も来なくなってしまうから、腕も確からしいよ」との返事。
「安い=腕もそれなり」という偏見が私にありました。1000円カットの床屋さんで働いていらっしゃる方には、申し訳ありませんでした。
 
今のような状況になり、自分の手でコツコツ地道に作業をすることの大切さが感じられるようになった気がします。
 
アメリカ発の金融の混乱が引き金と言われている現在の不況。
金融によるお金の動きは、現実に現金が動いているわけではなくて、取引によって計算上お金が動く。お金の価値も上下動する。
大きな富を得るために、投資や預貯金によってお金を増やすわけだけど、そこに、自分でお金を作っている(稼いでいる)という実感はあるのだろうか。
 
会社や組織やグループが大きくなり、より多くの富を得るためには、投資などをすることになるのだろう。
自分の手で作ったものを売ったり、自分の技術に対する対価をもらうだけでは、大きな利益は生み出せない。
でも、企業の多くが、本業を忘れたところでの金儲けに走り、それに失敗して本業に悪影響を及ぼしてしまった。

人間の手で作った物の温もりを忘れてはいけない。
人間が長い時間をかけて身につけた技は、お金に変えられない。
 
企業の上に立つ人には立つ人の言い分があるかもしれないが、人の首を切る前に、その人たちの手を見て欲しかった。
その手が会社を支えていることに気づけたはずなのに。

経済学に明るくないので、表現が稚拙で申し訳ありません。「素人考えだな」と笑われるかもしれません。「浪花節だけじゃダメなんだよ」と言われるかもしれません。
でも、他人(ひと)の手作業によって私たちの生活は本来成り立っているんだということを、今のような時代だからこそ、こころに刻んでおきたいと思ったのです。 
 
カサカサになって、ひび割れた手
誰かを助けようと思ってそうなったのではないだろう。
自分や家族が生きていくためという想いだけかもしれない。
いや、基本は誰だってそうだろう。
でもそこに、知らず知らずのうちに、みんなのためになっているという事実がある。
そのような手を、じっと見つめる。

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コメント

捻挫をしたときに、整形外科に行くと、医師が診察をして、もし症状が重いと判断されればレントゲン撮影をして、「じゃ、痛み止めと湿布出しとくから」で終わってしまうことがあります。一方、接骨院へ行くと、柔道整復師が、「自らの手だけで」骨や筋の異常の有無を確認しながら、押す・曲げる・揉む・擦るなど、まさに手だけで整復を行います。縁あって、四月から柔道整復師の専門学校に進学することになりました。大学卒業以来、久しぶりに学業に専念することになります。柔道整復師は骨折・脱臼・捻挫について、捻挫以外の外傷は医師の同意の下に柔道整復を行う仕事です。より幅広く診療をできるようになりたいので、最終的には医師になるべく、専門学校卒業後はさらに医学部に進学しますが、これから始まる3年間の専門学校での勉強の中で、改めて「手当て」の意味について学んでまいりたいと思います。システム化が進む社会にあっても、最終的には人の命は人の手で救うしかない。私は柔道整復師の専門学校に進学することになったこのご縁を大切に考えています。いずれ医師になっても、検査結果やコンピューターの数値だけに頼るのではなく、患者さんの話を十分に伺い、自らの手で患者さんの症状を確かめることを大切にしてまいります。そして、患者さんの症状を診るだけでなく、患者さんの生活全体、ひいては患者さんの人生そのものに眼を向けて、患者さん一人ひとりが、その人らしい人生を送れるように、手助けをしてまいります。

☆がくさんへ
尊いお仕事を目指しておられるのですね。
いや、お仕事は確かに尊いことだけど、どのような仕事にしても、がくさんのような志があるかないかで、その仕事の中身は180度変わってしいます。
将来、がくさんに診てもらえる患者さんは幸せですね。
「目は口ほどにものを言い」と言いますが、目だけではなく、手も、いろいろなサインを出しているもの。そういうところに目を向ける気持ちは忘れたくないですね。

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