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2009年1月 7日 (水)

乾いたこころに潤いを

今朝(というか未明)、ヘリコプターの音で目覚めました。マスコミのヘリコプターでしょうか。
北烏山の住宅で火事があったようです。
 
寺の者は朝から外の掃除をしていました。テレビを見ていないので、火事のことなど知らず、「ヘリコプターうるさいね。なにかあったのかね」なんて話していました。
で、毎朝お会いする方から、「おはようございます。今朝の火事、すごかったみたいですね」と、声をかけられました。
「えっ、火事だったんですか!? どこで?」
「ニュースで“北烏山”とは言ってたけど、どこらへんでしょうね」

空を見上げても黒煙は見えませんし、消防車のサイレンも聞こえません。北烏山といっても広いので、離れたところだったのかもしれません。
  
   
 
掃除を終え、朝のお勤めを終え、朝食時に電話が鳴りました。
「○○(地名)の□□(お名前)ですけど、北烏山で火事ってニュースで言ってるけど、大丈夫でした?」
住職の、大学時代の同級生からでした。
大丈夫の旨お伝えし、昔話をして電話を切ると、またすぐ電話が鳴りました。
今度は長崎に住む伯母からでした。
「北烏山で火事って言ってるけど、大丈夫やった?」
その後も、何件かお電話ちょうだいいたしました。ありがとうございます。 
 
“北烏山”と聞いて、心配して電話をくださる。有り難いことです。
電話で話している住職や坊守を見ながら、仮に○○や長崎で事件事故があって、私はすぐに安否を気遣う電話が出来るだろうか? と、考えていました(すぐに電話をしてしまうことが混乱を招くこともありますが、すぐに相手のことを想像できるだろうか、気遣えるだろうか、そういう自分であるだろうか?ということを問うたのです)。
    
   

昔、昔、私が小学5年生のときの話です。
夏休みに、長崎の母の実家に一人で遊びに行きました。
長崎に着いたその晩、繁華街 浜の町に食事に行きました。おばあちゃんや、さきの電話をくださった伯母さんたちと。
食事中に雨が降ってきました。すぐにやむだろうと思っていたのですが、雨はだんだんと強くなってきます。やみそうもないので、急いで帰りました。その雨はみるみる勢いを増し、歴史に残る洪水となりました。呑気に雨宿りなどしていたら、流されていたかもしれません。今頃ブログを書いたりしてないでしょうね。
 
その水害のニュースを見て、クラスメイトの一人が、うちに電話をくれたそうです。
「白山君はだいじょうぶでしたか?」って。
それを聞いて、嬉しかったです。今考えてみると、そういうことって、簡単なようでいて、とても難しいことだと思います。勇気がいることだとも感じます。
 
なにを持って“友人”と言えるのか。
自分のことを慕って(おもって)くれる人を友人というのではなくて、
自分が、その人のことを慕うことができる人のことを“友人”というのではないだろうか。
  
自分のことを慕ってくれる人を友人と期待するのではなく、
自分が、他人(ひと)のことを慕える人でありたい。
そう思いました。
 
   
 
被害に遭われたご家族には、気の毒なことでした。心から哀悼の意を表します。
ニュースでは「放火か?」とも言っています。燃えやすいものは家の外に置かないように気をつけましょう。
東京は雨が降らず、空気も乾燥しています。火の元には充分お気をつけ下さい。

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コメント

「こんな人になりたい」そう思える人が見つかる、あるいはそう思える人を見つけようとしている、その時点でその人はより良い人生を歩んでいると思います。そして、そのような歩みを続けている人のことを、また別のどなたかが見ていて、あのような人になりたいと思う。そのようにして、どなたかとどなたかがつながっていくことは、とても素晴らしいことだと思います。

☆がくさんへ
「そのようにして、どなたかとどなたかがつながっていくことは、とても素晴らしいことだと思います」
6人知り合いがいれば、世界中とつながっているというのも納得ですね。
人生きるところに人ありですね。

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