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2008年12月29日 (月)

掌の陽ざし

12月26日に「感動を探して生きる」という文章を書きました。
四季の移り変わり、こころの変化に感動を覚えるというコメントやメールをいただきました。ありがとうございます。
私も、四季の移り変わりは綺麗だなぁと感じます。「感動を探して生きる」を書いているときも、そのように変化するいのちに感動を見出すという意識で文章を書いていました。

文章を書いて後、こんなことを感じました。
探さなくても感動はいつも私の周りにあるんじゃないか。
移り変わるものだけでなく、毎日の同じような繰り返しの中にも感動はあるんじゃないか。
って。
 
朝起きて、
いや、朝起きたこと自体感動かも。夜寝て、起きることがなければ、「朝起きて」という行動もないわけですから。
朝起きて、ふと手を見る。そこに感動はありませんか?
「おはよう」と交わす挨拶。
食卓に並ぶ朝ごはん。
寒さを防いでくれる服に身を包み、部屋を暖かくしてくれる暖房にホッとする。
 
生活環境は人さまざまですから、いろいろな日常があるわけですが、毎日毎日の同じことの繰り返しの中に、感動はあるんだと思う。
毎日毎日の同じことの繰り返し…それが退屈ですか? 同じことが続いていくことって、実は変わることよりも貴重なことなのかもしれない。
同じことといいつつ、実は同じことの繰り返しのようでいて、ちょっとずつ変化している。面白いなぁ。
 
 掌にうける
  早春の
   陽ざしほどの生甲斐でも
 ひとは生きられる
      
         伊藤桂一(詩人)

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コメント

同じことが同じように毎日続いていくということは、実はとても難しいことと思います。健康状態一つとっても、痛いところも無く風邪を引くことも無く過ごすことは、とても難しいことです。世の中にも同じことが言えます。電車やバスが時刻通りに運行されているということは、運転を担当してくださる方々が、きちんと自分の役割を果たしてくださるからであり、電気やガスや水道や電話がいつもどおりに使えるということは、どなたかが昼夜を問わず維持管理を担当してくださるからであります。当たり前のことなど、何一つ無いと思います。そして、犯罪や火災が起こらないように、そして万が一起こってしまった際には、身命を賭してそれに立ち向かう警察官や消防官の方々がいてくださるからこそ、枕を高くして休むことができるのだと思います。世の中は花と同じで、きれいに咲く花の、その地面の下には、しっかりと根が張っているのです。眼に見えないですが水分や栄養分を吸収して、花がきれいに咲くことができるようにしているのが、根であります。根と同じで、本当に大切なことは眼に見えないのかもしれませんね。

☆がくさんへ
水上を優雅に漂う白鳥も、水面下では必死で足をバタバタしています。
本当に大切なことって、見えないところにあるんですね。そんなことを感じました。
 
年賀状で「私は相変わらずです」なんて挨拶を書いたりしますが、「相変わらず」でいられることって、実はとても大変なことなのかもしれませんね。

昨日(元旦)は家族全員でお参りさせていただき、ありがとうございました。ことしは間もなく
おめでたい事が予定されているためでしょうか、かつさんも御両親も顔容朗らかに見えました。本年もよろしくお願い申し上げます。

☆やすさんへ
お正月のお参り、ありがとうございます。
ご家族揃ってのお参り、素敵です。お子さんの七五三を、寺の本堂でお勤めしましたよね。
みんな大きくなったねぇって、住職・坊守・私は感慨にふけっていました。
変わらないようでいて、ちゃんと変わっている(成長している)ものですね。
本年もよろしくお願いいたします。

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