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2008年11月17日 (月)

忘れない

今、真宗寺院では報恩講シーズンです。
親鸞聖人のご法要に際し、僧侶は自坊での報恩講だけでなく、お仲間のお寺へもお参りさせていただきます。
私は自坊の他に、5ヵ寺お勤めさせていただいていますが、昨日、すべて終えました。
 
最近ブログの更新がなくて、心配をおかけしているようで申し訳ありません。
報恩講をお勤めしていて、勤め合いが終わるまで間を置いておこうと思ったのです。
ブログでも何回か触れましたが、お世話になっていたご住職が、今年1月26日にお亡くなりになりました。
今年の1月のことです。ということは、昨年の報恩講シーズンにはいらっしゃたわけです。
 
お互いに勤め合いをしているので、この時期は頻繁に顔を合わせます。
でも、今年はいつもいた人がいない…実際にその感覚を味わうと、無性に淋しいものです。
 
毎年初めにお参りさせていただくのは、そのご住職のお寺です。
ご住職がなくなり、坊守様とお子さんたちが一生懸命お寺をまもっています。
余計なことをしてはいけないと思いつつも、報恩講前日に準備のお手伝いに。でも、立派に荘厳(本堂のお飾り)されていました。副住職がこれでいいんですか?って持ってきた荘厳の本には、書き込みがビッシリ。ちゃんと勉強されています。
ご住職、息子さんはキチンと次の歩みを進めていらっしゃいます。
次の日、副住職にすべてお任せしながら、今シーズン最初の報恩講をお勤めさせていただきました。
 
西蓮寺の報恩講の2日前に、近所のお寺さんで報恩講が勤まります。
ご住職はいつもうちに車を停めていかれたので、報恩講が終わって、一緒に西蓮寺まで戻ってきます。
今年の帰り道、いつも隣を歩いてくれていた体の大きなご住職がいません。静かな、暮れ初めの細道を、ひとり帰ってきました。
はじめから何もなかったのなら、淋しさも感じないだろう。けれど、温もりを知ってしまうと、こんなにも物足りない感じなのですね。かといって、何もないことの方がいいのだろうか。いや、その人に出会えて感じた温もりも淋しさも、その人からの贈り物。すべてを、いただかなければいけないのです。
 
西蓮寺報恩講
外陣正面に座って、キン役を勤めます。内陣を見渡すと、やっぱりいない大きなご住職。体だけじゃなくて、存在感も大きかったんだなぁ。
親鸞聖人のご法要ですが、それは同時に、聖人の教えに出会って歩まれた方々への法要でもあります。いや、その方々がいたから、法要のご縁に出会わせていただいている。
法要は、今生きている私が勤めるものではない。亡くなられた方々のおかげで、今、手を合わせるご縁をいただいている。合わさる手の中に、どれだけの人の想いが籠もっていることでしょう。
いつもと違う気持ちで、お参りさせていただきました。
 
昨日お勤めさせていただいたお寺
ご住職は昨年このお寺でのお勤めの後、検査を受けられ、入院されました。
からだの調子が悪いことは分かっていたけれど、ここを勤めるまではと頑張っておられたのだと思う。
昨年、私は一人で声を出すところで、間違えてしまった。読みながら「しまったぁ」と思っていたら、控え室に戻ってご住職から第一声「かっちゃ~ん!!」
「はい、すみません」 
結局、その法要が、ご住職との最後のお勤めになってしまいました。あぁ、間違ったのを聞いて逝かれるなんて…。
間違った私が先に逝くことだってあるわけで、そう考えると、常に最善を尽くさなければいけないなぁと、教えられたような気がします。
 
ご住職に想いがあるのは、他の住職方も同じ。
「去年の報恩講にはいたんだよなぁ」という声が何度も聞こえてきました。
人は、悔いのないように生きるということは出来ないだろうな。
どんなに濃く、真剣に、仲良く付き合っていても、これだけの付き合いをした中だから、満足だってことはない。
いや、濃く、真剣に、仲良く付き合えば付き合うほど、後悔の念は強くなるのだろう。
もっと話しておけば、もっと一緒に飲んでおけば、もっと喧嘩しておけば、なんて悔やんでもキリがない。
その人と出会えた事実を胸に、一生を生きていきたい。
この時期になると、こういう想いを繰り返すことでしょう。その度に手が合わさり、お念仏が出ます。
そういうときを、与えてくださっているのですね。ありがとうございます。

     

 人は いつ 死ぬと思う・・・?
 心臓を銃で撃ち抜かれた時・・・・・・違う
 不治の病に犯された時・・・・・・違う
 猛毒のキノコのスープを飲んだ時・・・・・・違う!!!
  ・・・人に忘れられた時さ・・・!!!
           (漫画「ワンピース」より)

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コメント

生者必滅、一期一会、朝には紅顔ありて夕べには白骨と・・・、人間の人生ってわからないものですネ、いつ死んでもいいような納得できる人生をおくりたいもんです。
私も直腸がんで手術をしてから12年経過、10時間の手術で、親兄弟配偶者みんなに死ぬと思われていましたが、いまだに元気に生きてます。
自分の生死は自分で決められないのです、納得できる人生を送れるよう努力したいです。
松山千春の歌にありました、「生きて~いる それだ~けで 人は皆 幸~せさ」
支離滅裂な文章でコメントになっていませんが、ちょっと書かせていただきました。
ありがとうございます。

☆GGRiderさんへ
率直な想いをお聞かせいただき、ありがとうございます。
松山千春さんの
「生きている それだけで人は皆幸せさ」
 
作家の五木寛之さんは
「人は生きているだけで価値がある」
と言われました。
 
明石家さんまさんは、娘さんをいまるちゃんと名づけました。
「“い”きてるだけで“まる”もうけ」という意味が込められているそうです。
 
「幸せ」を求めて人は「不幸」になり、
「価値」とか「まるもうけ」と言うと誤解も受けそうですが、
三人はいのちの尊さを自分なりのことばで表現されていうように感じます。
 
納得できる人生だったと言えるように頑張ることも大切なことですが、
いのちをいただいたその事実が、納得に足る出来事だと思っています。
と、若造がすみません。でも、そういう考え方もあるかなと思っていただけたら幸いです。

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