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2008年11月 1日 (土)

2008年11月のことば

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海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。
そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。

          三好達治
 
漢字の「海」の中には「母」があります。
フランス語では母を「Mere(メール)」と綴り、海を「Mer(メール)」と綴ります。母の中に海があるのです。
海は母であり、母は海である。私たちが生まれ、そして帰る場所があるという温かさを感じる詩です。
 
最近、人は波のようだなと感じています。
人は、一人ひとりそれぞれの道を歩んでいます。しかし、だからといって何の繋がりもなく生きているかといえば、そんなことはありません。
波が、海から生じるように、人も、大いなるいのちから生じている。
波は、海から生まれ、海に帰っていく。そして、またいつか波として生まれ、海に帰っていく。その繰り返し。それぞれの波は別物かもしれないけれど、でも、やはり同じ波だ。そこには、悠久の時間の中を漂う、ひとつのいのちを感じます。
 
人の不幸なところは、時間を感じられることかもしれない。
大いなるいのちの中から私として存在し、また大いなるいのちへと帰っていく。そしてまた生まれ、また帰っていく。私として表出するいのちそのものは、常に今。今、存在する波が、過去の波であった頃と比較するだろうか。今、存在する波が、次の波を夢見て存在するだろうか。それなのに私は、過去に惑い、今を見失い、未来を夢見る。
いのちを、時間という概念で切り刻んでいる。
 
人の不幸な面は、個々を分別してしまうことかもしれない。
自分の出生の流れを知るとき、父と母、そのまた父と母とたどっていく。たしかに、血の流れはそうなのかもしれない。けれど、波がそれぞれの形はしていても、ひとつの海であるように、人も、たどる必要のない、ひとつのいのちであるに違いない。
いのちを、狭い関係性の中に押し込めている。
 
海、波が押し寄せてきます。
静かな波・小さい波・大きい波…さまざまな形、大きさ、勢いがあります。
足元をくすぐる海の揺れもあれば、人や街を飲み込む波もあります。
波の形、大きさ、勢いはさまざまだけど、しかし、海から生じ海へと帰る、その運動の中から生じた波だから、どの波もおなじ。足元をくすぐる波が楽しい思い出で、人を飲み込む波が脅威なのではない。
だれもが同じ海という母からいのちをいただいている。いのちが私となり、たくさんのいのちがそれぞれに形を持って表われるけれど、元はひとつ。

念仏申す衆生をすくいたいという阿弥陀如来の願い。
念仏申した者のみをすくうのではない。南無阿弥陀仏と念仏申すご縁をいただいた者がいるということは、誰もが念仏申す衆生。
 
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや(善人でさえも阿弥陀の浄土へ生まれることができます。まして、悪人が生まれることができることは、言うまでもありません)」という親鸞聖人のおしえ。
おしえをいただきながらも、善人と悪人の区別にこだわり、自身を善人とする。誰かが善人で、誰かが悪人なのではない。善人だけがすくわれるのでもないし、悪人だけがすくわれるのでもない。人は、阿弥陀のいのちから生まれ、阿弥陀のいのちへと還っていく。誰もが往生を約束された迷いの衆生。
 
いのちをいただき、親鸞聖人のおしえに出遇えた事実。海のように大きい母なるいのちから表出したわれらという感覚を生きたい。
   
   海の水面を走る波
    波が生まれ
    波が消えていく
 
   波のひとつひとつは
    バラバラだけど
   波はすべて
    ひとつの海から生まれ
    ひとつの海へと帰っていく
 
     
 
西蓮寺門前の掲示板に、月替わりで人形を飾っています。
11月の人形は、ミミズクの焼き物です。ボケと突っ込みのようです
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コメント

昨晩はF先生の講座をご一緒させていただき、うれしく思いました。よい講座をご推奨いただいたようです。これからも楽しみです。何年もかかりそうなのが、短気な私は「もっと早く」と欲してしまうのですが・・・

海と波。個々の波に執われてしまう我々ですが、お念仏が海を知らせてくださっているようです。

☆やすさんへ
昨晩は共に法の海に浸かることが出来て、楽しい時間でした。年6回の講座、待ち遠しいですね。
F先生が、以前雑誌で連載されていた「涅槃経」のお話が、出版されるそうです。詳しいことが分かりましたら、お知らせいたします。
 
海と波。かなり“かつワールド”たっぷりな文章になりましたが、イメージを共有していただけて、うれしいです。

海は母、母は海、波と海、海と波・・・・
いつも楽しくというか、考えながらというか、読ませていただいてます
仏教は哲学ですかね? 簡単には理解できないみたいですが、ゆっくり読むと理解できるような、納得した気持ちになります。

☆GGRiderさんへ
お久しぶりです。
今月の文章は、かなり自分のイメージの世界を描き出したので、伝わりづらいかもしれません。
私が書く文章は、分かりづらいかもしれません。納得できないかもしれません。不快な思いをすることがあるかもしれません。
でも、自分の想いに蓋をして耳障りのいいことばを並べることはできません。現実に向き合って、自分自身が感じていることを書いています。けっして、こうでなければいけない的なことを書いているつもりはないので、「そういう考え方もあるかな」という感じでお読みいただければと思います。
いつもお読みいただいて、ありがとうございます。

本日は報恩講に参加させていただき、ありがとうございました。また、ご苦労様でした。これで一区切りという感覚ですね。「真四句目下」の「正信偈」や「御俗姓」を聞かせていただいて、かつさんが仰っていた「これで終わりで始まり」という感覚が湧いてきます。きょうから新たな聞法です。

☆やすさんへ
報恩講にお参りいただきまして、ありがとうございます。
真宗門徒の一年は、報恩講ではじまり、報恩講で終わる。片付けも終わった昨晩は、久しぶりにゆっくりした感じを味あわせていただきました。また今日から新たな一年です。本年もよろしくお願いいたします

本日は聞法会に参加させていただき、ありがとうございます。帰宅したら、次の「白骨の会」の案内状が届いていました。こちらもありがとうございます。風邪でもひかない限り、参加させていただきます。現地へ行かれたかつさんの解説付きでの観覧を楽しみにしています。

☆やすさんへ
聞法会へお出かけいただき、ありがとうございます(ブログの更新ができてなくて、お恥ずかしいです)。
15日の白骨も楽しみです。よろしくお願い致します。
スリランカには行きましたが、解説できるほどはなにも覚えてなくて…。なにもかもお恥ずかしい限りです。

昨日は「白骨の会」に参加させていただき、ありがとうございます。スリランカ展も黒豚鍋も充分に楽しませていただきました。念願のBBにも行くことが出来ました。仏像・仏画が好きな私には、BBが気に入ったことは言うまでもありません。またT僧侶の明解な教えには脱帽させられ、口をはさむ余地も無く聞かせていただきました。また行きましょう。

☆やすさんへ
白骨の会にご参加くださいまして、ありがとうございます。
大琳派展を横目に見てのスリランカ展、なかなか良かったですね。
黒豚鍋喜んでいただけて、よかったです。ネットで調べて、初めて伺ったお店だったので、心配でしたが。
念願のBB、行けてよかったですね。じっくりとオーナーとお話することが出来て、よかったです。また行きましょうね

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