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2008年9月 5日 (金)

ただひとつのいのち

ただひとつのいのち
お彼岸が近付いてきましたね。
境内に、早くも彼岸花が咲きました。
例年、どんなに天候が不順でも、彼岸花は必ず彼岸期間中に咲いているのに、今年は早いです。
色も、淡いピンクです。赤か白しか咲かないのに、この色は初めてお目にかかります。


今朝、境内の掃き掃除をしていたら、私の左腕にセミがとまりました。シャツを通じて、セミの重さをズシリと感じました。
そろそろセミの季節が終わろうとしています。セミの鳴き声が、いのちをいっぱいに振り絞っているように聞こえます。
地面には、いのち終えたセミが落ちています。季節の替わり目を感じます。
いのち終えたセミは、アリによってアリの巣に運ばれていきます。いのちの替わり目を教えていただきました。
その身としてのいのちは終えても、他のいのちの血となり肉となる。
いのちの連鎖…というよりも、いのちは全生命を通じてただひとつ。その、ただひとつのいのちが、セミとして、アリとして、彼岸花として、わたしとして、あなたとして表出している。

秋の声が聞こえてきた、センチメンタルな夏の暮れといった感じです。

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コメント

本日は聞法会に参加させていただき、ありがとうございました。また毎月宴席を設けていただき、嬉しい限りです。かつさんの仰るとおり、たとえ法話が軽い場合であっても、御同朋さん達と集うだけで意義があることを感じます。安田先生は「ここに、こうして集まることがサンガとして意義がある。」と仰っていました。「どういう意義があるかを考えたらサンガではなくなる。」とも続けています。

本日のかつさんの法話が軽かったと言うのではありません。私の宿題である「諸仏」ということを多く教えられました。ありがとうございました。

☆やすさんへ
いつも聞法会へご参加いただき、ありがとうございます。
「ここに、こうして集まることがサンガとして意義がある。」
「どういう意義があるかを考えたらサンガではなくなる。」
場が、人が大事なのだと思います。
宴席というわけでもないのですけれど、もう少し会館をいろいろと使いこなしてみたいなと思ったのです。楽しい会でした。ありがとうございます。
 
カンボジアの写真を拝見していました。
私も、10年程前に一度カンボジアへ行っているのですが、縁あってまた行くことになり、楽しみにしています。

13日には白骨があります。
来月の聞法会もお待ちしています。
11月は報恩講月間です。
真宗門徒にとって、ワクワクする季節ですね。
ご参加お待ちしています。 

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