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2008年8月31日 (日)

長い時間の迷いという闇も、教えに出遇うと瞬間に明るくなるものです

西蓮寺寺報が、今月号で120号を迎えたことは既に書きました。毎月発行なので、丸十年ということになります。
第120号のことばは親鸞聖人のことばにしようと決めていました。最近のこころの動きから、「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑し」ということばが浮かんできました。
親鸞聖人のおことばを頂戴して、「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑しているわれら」と書き換えようと考えていました。しかし、いざ掲示するにあたって、あらためて真宗聖典を開き、おことばをいただきなおしました。
親鸞聖人は、
 誠に知りぬ。
 悲しきかな、愚禿鸞、
 愛欲の広海に沈没し、
 名利の太山に迷惑して、
と、ご自分のことを書かれているのです。
私親鸞の身が、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑している、と言われているのです。
どこまでも、自身のことを突き詰めて考えておられる方でした。このことばは、何度も目にし、何度も声に出しているのに、まったくいただけていませんでした。それなのに「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑しているわれら」なんて、どうして言えるでしょうか。自分がとても恥ずかしかったです。
 
親鸞聖人は、「こうしなければいけません」「こうするべきです」「こうしたらいいですよ」なんてことは言われてないんですよね。
私は、こういう身です、こういう生き方しか出来ない身です。どこまでも、そのことひとつ突き詰められた。しかし、それゆえに阿弥陀如来と出遇われた。
そのことに、10年かけてやっと気付かせていただきました。
寺報10年の歩みは、私に与えられた歩みでした。10年かけて、やっと気付きました(気付いたと言い切ってはいけないけれど)。ありがとうございます。

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