« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

2008年8月31日 (日)

長い時間の迷いという闇も、教えに出遇うと瞬間に明るくなるものです

西蓮寺寺報が、今月号で120号を迎えたことは既に書きました。毎月発行なので、丸十年ということになります。
第120号のことばは親鸞聖人のことばにしようと決めていました。最近のこころの動きから、「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑し」ということばが浮かんできました。
親鸞聖人のおことばを頂戴して、「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑しているわれら」と書き換えようと考えていました。しかし、いざ掲示するにあたって、あらためて真宗聖典を開き、おことばをいただきなおしました。
親鸞聖人は、
 誠に知りぬ。
 悲しきかな、愚禿鸞、
 愛欲の広海に沈没し、
 名利の太山に迷惑して、
と、ご自分のことを書かれているのです。
私親鸞の身が、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑している、と言われているのです。
どこまでも、自身のことを突き詰めて考えておられる方でした。このことばは、何度も目にし、何度も声に出しているのに、まったくいただけていませんでした。それなのに「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑しているわれら」なんて、どうして言えるでしょうか。自分がとても恥ずかしかったです。
 
親鸞聖人は、「こうしなければいけません」「こうするべきです」「こうしたらいいですよ」なんてことは言われてないんですよね。
私は、こういう身です、こういう生き方しか出来ない身です。どこまでも、そのことひとつ突き詰められた。しかし、それゆえに阿弥陀如来と出遇われた。
そのことに、10年かけてやっと気付かせていただきました。
寺報10年の歩みは、私に与えられた歩みでした。10年かけて、やっと気付きました(気付いたと言い切ってはいけないけれど)。ありがとうございます。

2008年8月30日 (土)

ただちに避難

雨と雷が凄いですね。
各地での被害も大変なものです。あなたのお住まいのところはいかがですか? 
 
昨晩、窓に手を当てながら空を眺めていましたが、雷が鳴ったときの振動が、窓を伝って身体に来ました。すごいエネルギーですね。
墓地も、排水が間に合わず、お墓の土台がかなり水に浸かってしまいました(午前中お掃除してました)。
 
雨の気配がしたら、とりあえず避難しましょう。
突発的に雨が強くなりますから。
  
セミも、網戸に避難してました。
P8010187
この状態で鳴かれたので、部屋中にセミの鳴き声が響きました。

(追記)
「雨の気配がしたら、とりあえず避難しましょう。
突発的に雨が強くなりますから。」
なんて書いておきながら、突発的な雨に巻き込まれました。
夕方、裏のスーパーへ夕飯の買い物に出かけました。
妻「雨雲がすごいよ」
私「降る前に買い物すませちゃお」
念のため傘を一本だけ持って出かけました。なんて、能天気な…
 
レジを済ませて、スーパーから外を眺めるとザーザー降りの雨
妻・私「あーあ
  
スーパーの自動ドアを開けて外に出ると、傘を持った住職が立ってました。しかも、車で迎えに来てくれてました。
妻・私「ありがとう
住職、カッコよかったです
(違う出口から出なくてよかった…

2008年8月27日 (水)

出来事によって人生の幸不幸が決まるのではない。ことばによって人生は幸にも不幸にもなる

今朝、掃除のために水をくんだバケツを持って、山門の前を歩いていました。
 
バケツを左手に持ち、私とバケツの分で歩道をふさいでいました。
 
前方からおばあさんが歩いてきます。
  
このままでは私が邪魔をしておばあさんが歩道を通れないので、自分の前にバケツを両手で持ち直しました。
  
おばあさんとすれ違いました。
  
すれ違うときにおばあさんは言いました。
   
「私が通るばかりに、バケツを持ち直させてごめんなさいね」
 
おばあさんのせいで持ち替えたなんてつもりもないし、道をふさいでいるのは自分だと思っていたので、そのことばにビックリしました。
  
「い、いえ、(こころの中では:そんなこと言っていただいて)ありがとうございます」
  
考えもしなかったことばに、しどろもどろになってしまい、会話にならないことを言ってしまいました(恥)。
  
お互い笑顔で会釈し、それぞれの方向に歩き出しました。
 
朝の一言が、一日を幸せにします。
 
ありがとうございます。
 
 
 
「私がいるばかりに、迷惑をかけてごめんなさいね」  
 
存在とは迷惑をかけることなのかもしれない。
 
しかし、だからこそ相手に対してすまないという想いが湧いてくる。
 
迷惑をかけないように生きることが大事なのではない。
 
お互いに迷惑をかけ合いながらも、それぞれが認め合い、受け入れ合うからこそ尊い。
 
「私がいるばかりに、迷惑をかけてごめんなさいね」
 
それが、わたし

2008年8月25日 (月)

学生(がくしょう)

8月23日(土) 西蓮寺にて「白骨の会(西蓮寺仏教青年会)」を開催しました。
参加者は、私を含めて6人。特にテーマも設けず、誰かが語り始めたことを中心に置いてフリートーク。
今回初参加の方もいらっしゃいましたが、午後5時から8時まで、話が途切れることなく、みんなで語り合いました。
 
話の内容については、秘密。
そこに身を置いて、面と向かって思ったことを語り合う時間。そこにいるからこそ、顔が見える安心感を胸に、正直に語り合いたい。なので、ここでは書きませんね(私が発題したことを書くことはありますが)。
  
今回参加された方の中で、自分の夢のために新たな一歩を踏み出された人がいました。
偶然ですが、今回は欠席だったけど、白骨の会レギュラーの方にも、新たな一歩を踏み出された人がいます。
おふたりとも私より年上。職を辞し、先ずは学校に通う準備をされています。これから学生としての一歩を踏み出されます。
  
タイトルに「学生」と書きました。読み方は、「がくせい」ではなく、「がくしょう」です。
「学生(がくしょう)」とは、元々仏教語です。
意味は「仏教を学ぶ者」です。
ですが、こんにち「学生(がくせい)」は、自身のこれからの歩み・生活のために学びます。あるいは、よりよい生活のために、少しでも良い学校の「学生」になろうとします。しかも、学校を卒業したら、学びをやめてしまいます。あんなに勉強したのに…。
「学生(がくせい)」は、自分のための学びになってしまっています。そして、ある時期が来たら、「学び」をやめてしまいます。
 
ところが、「学生(がくしょう)」は、仏教の学びを通して、学んだことを深く噛み締め、自身を見つめ、自己を知るのです。そして、自己を知った歩みを通して、多くの悩める人々をすくい、安らぎを与えていくのです。
「学生(がくしょう)」は、自己の学びを通して、その歩みの姿によって、周りの人々もすくわれていくのです。そして、そのあゆみは終わることがありません。
 
仏教語としての「学生(がくしょう)」ということばが、時代を経て「学生(がくせい)」となった今、内容も「他力」から「自力」へと変わってしまいました。 
 
新しい歩みを始められたおふたりへ。
おふたりの真摯な気持ちは、痛いほど伝わっています。でも、初めから「人の為」と頑張ったのでは、いつしか「偽」に変わってしまうことでしょう。先ずは、ご自身の夢に向かって、学びを究めてください。その学びのお姿が、周りの人間にきっと安らぎを与えることでしょう。それが、ご自身の満足となることでしょう。
しかし、満足してしまえるようでは、学びも止まってしまいます。「一生をかけた学びが始まる。始めることができた喜び」…満足の根っこは、すでに足元にあるのです。
どうぞ初心を忘れず、学びの人生を歩み続けてください。
 
おふたりからは、「物事を始めるのに遅すぎることはない」ということを学びました。ありがとうございます。
 
愚痴りたくなったとき、面と向かって話をできる人々と会いたくなったとき、「白骨の会」にお出かけください。みんなでワイワイお話しましょう。いつでも待ってます。
次回は9月13日(土) 午後5時~8時頃です。

2008年8月21日 (木)

春秋を識らずを知る

セミやアリについて書いていたら、「蟪蛄(けいこ)は春秋を識(し)らず」を思い出しましたというコメントをいただきました。
  
「蟪蛄春秋を識らず」とは、「蟪蛄」はセミです。セミは夏の虫です。夏になると大合唱をするセミ。さぞかし夏のことをよく知っているだろうと、思ってしまいます。が、よく考えてみてください。地上では夏しか生きていないセミは、春と秋のことどころか、春とか秋があるということも知らないわけです。ということは、夏という季節のことも知りえないわけです。 
自分が専門にしていることを知っていれば、それさえ突き詰めればいいのかと思っていたけれど、そこだけしか知らないということは、周りのこと、他のことを知らないわけです。周りとの、他との接点なく、自分の興味あることを極めようとしても、それではなにも分からないのです。
そのような例えです。
 
以前、「蟪蛄は春秋を識らず」について書いたことがあるので、読み返していました。2年前の文章ですけど、よろしかったら、お読みください。
 
ケイ蛄春秋を識らず
われら春秋を識らず
 
      
 
昨晩、「クイズ雑学王 スペシャル 芸能人雑学王最強No.1決定戦」というクイズ番組を、夕飯の片づけをしながら見ていました。
  
「飛行機の両翼の翼についているライトは、色が違います。なぜでしょう」
「灯台は白に決まっているのですが、中には白と黒のストライプ、白と赤のストライプのものもありますなぜでしょう」
「リカチャン人形の靴は、小さな子が口に入れても大丈夫なように工夫がしてあります。どのような工夫でしょう」
「電柱の住所表記には、青のものと緑のものがあります。違いはなんでしょう」
知ってるとなんてことない問題だけど、知らないと全然分からないような問題ばかり出て(ホント雑学ですね)、答を聞いては「なるほどぉ」と関心してました。
   
で、答の発表の仕方なのですが、それぞれの専門化に答を説明してもらっているのです。
いろいろなことを専門にされてる人がいるんだなぁ、いろいろな職業があるもんだなぁと、そこにも関心してしまいました。
 
世の中、知らないことだらけです。かといって、いろいろなことを知るにも限界があります。
人それぞれに、いろいろなことを学び、見に付け、世の中に還元する。
人と人とが集まって、接点を持つからこそ、いろいろなことが構築されていくんだなぁと感じました。
 
自分ひとりの経験では、分かったつもりでいることも、まるで分かってないのかもしれません。
もっと知ることがたくさんあるのに、小さくまとまっているかもしれません。
見えているつもりで、なにも見えてないのかもしれません。
それすら知らない自分を、知りたいものです。
 
(追記)
クイズの答が気になりますよね。ながら見だったので、問題の文章や答の説明が番組の通りではありませんが、とりあえず書いておきます。
 
「飛行機の両翼の翼についているライトは、色が違います。なぜでしょう」 
たしか、飛行機に向かって左が緑色・右が赤色だったと思います。 
自分が飛行機のパイロットだとします。今、夜の空を飛んでいます。前方にライトが見えてきました。緑色だけ見えます。ということは、自分の前方を左から右へ向かって飛んでいる飛行機があるということです。赤の場合は逆。そのように、色を違えることで、前方を飛んでいる飛行機の翼のライトしか見えなくても、進んでいる方向が分かるわけです。
  
「灯台は白に決まっているのですが、中には白と黒のストライプ、白と赤のストライプのものもありますなぜでしょう」
灯台は、白と決まっているんですって。それすら知りませんでした。でも、例外がある。それはなぜか。
答は、雪がよく降る地域の灯台はストライプになっているのでそうです。そう、白だけだと雪景色に紛れてしまうからですね。
問題を聞いたときは、「雲と混ざるから」だと思ったのですが、「雪」でした。
 
「リカチャン人形の靴は、小さな子が口に入れても大丈夫なように工夫がしてあります。どのような工夫でしょう」
これは、問題を読んでピンときた人もいるんじゃないかな。
リカチャン人形の靴は、「苦い」んだそうです。お持ちの方、なめてみてください。
 
「電柱の住所表記には、青のものと緑のものがあります。違いはなんでしょう」
東京でいうと、電柱の所有者が、緑は東京電力で、青はNTTなんだそうです。
工事をする際、その色で判別しやすいためにだそうです。色が分かれていることすら気にしていませんでした。

途中まで興味深く見ていたのですが、いつのまにかチャンネルを換えてしまいました。誰が優勝したのか見てませんでした。今は、それが知りたいです。 

2008年8月19日 (火)

わたしには、わたしという役割がアリます

境内の掃除をしていたら、三匹のアリが、自分たちの何倍も多きなイモ虫を運んでいました。
巣が近づくにつれて仲間のアリたちが寄ってきて、イモ虫の周りが真っ黒になるくらい大勢のアリが、巣まで運んでいきました。
それぞれのアリを観察していると、一生懸命運ぶアリ。手伝っているんだけど、みんなと違う方向に引っ張るアリ。近くまで来るものの、加勢しないアリ。まったく我関せずといったアリ。いろいろな個性があります。
 
聞いた話では、アリは「8:2」の比率で、「はたらくアリとはたらかないアリ」とがいるそうです。
(読む資料によって、この比率はいろいろです。「7:3」と書いたものや、「7:2:1」で、「よくはたらくアリ:まぁまぁはたらくアリ:はたらかないアリ」なんて細かく書いてあるものもありました)
 
これからが面白い話なのですが、「8:2」のアリの中から、「はたらかないアリ」を取り除く実験をしたそうなのです。どのような結果が出たと思いますか?
はたらかないアリを取り除いたのだから、みんなはたらくアリばかりになるだろうと思ったら、ちゃんと2割の比で、はたらかないアリになったそうです。
私は、この話を聞いたときに感動しました。生き物にはちゃんと役割があるんだなぁと思ったのです。人間の世界では、はたらけることがいいことで、はたらけないことはいけないことと、思われています。
だから、「あいつらは役にたたない」なんて、理由にもならない理由でホームレスと呼ばれる方々が襲撃を受け、時には殺されてしまったりします。
病気や老齢で、はたらけなくなったり、寝たきりになったときに、周りの人間はその人のことを迷惑だと思ったり、本人は自分の存在を否定してしまいます。
「8:2」の、「8」でなければいけないという思いが、いつの間にか誰にも植えつけられているのではないでしょうか。「8」には「8」の、「2」には「2」の役目があるのです。
 
なぜか今でも、自分の出身小学校の校報が毎月届くのですが、その校報の校長先生のコラムにも、このアリの例えが書いてありました。
ただ、「人間はアリとは違うのだから、キチンと目標を持って、努力することが大事です」って書いてあったんですね。たしかに、学校の先生はそのように言わなければいけないでしょうね。「“2”でいいんだよ」なんて、言えないのでしょう。いや、そんなこと思ってもないかな。(すいません、校長先生のコラムを否定しているわけではないんです。ただ、そうかな?って思ったのです)
「2」も大事な役目なのです。その「2」を取り除く教育を、学校でも職場でも、もしかしたら家庭でもしているのではないでしょうか。
  
私は、アリの話を初めて聞いたとき、人間もアリも同じだなぁって思ったのです。
「8:2」がなんの比率であっても、「はたらき者:はたらかない者」、「善:悪」、「社会の規律を守る者:守らない者」・・・「2」を取り除けば人間世界ははたらき者ばかりで、善人ばかりで、規律を守る者ばかりになるかといったら、やっぱり「8:2」の比率に戻ってしまう。それは、「2」にも役割があり、必要だからなのだと思うのです。
はたらき者ばかりで、善人ばかりで、規律を守る者ばかりの世の中は暮らしやすいだろうなと思っていたら、きっと人間社会が動いていかなくなると思います。きっと、窮屈なことでしょう。きっと、今よりも争いが増えることでしょう。
 
人には、その場、その環境において、今のわたしという役割があるのです。
悪を廃して善ばかりにしようと思っても、それは叶わないことなのです。
あきらめ主義的に言っているのではありません。そこにいのちの意味・輝きがある。アリの姿を見て、おしえていただきました。

2008年8月17日 (日)

直視できなくて…

オリンピック 野球 日本は韓国に敗けてしまいました。昨晩はショックで寝られませんでした(って言っても、いつの間にか寝てましたが)。
 
当然日本を応援してますが、テレビの実況がちょっと悲しかったです。
9回裏 3点リードを許して迎えた日本最後の攻撃。韓国は抑えのピッチャーが出てきました。
そこでテレビの実況が、
「このピッチャーは、自分のペースで投げているときは手がつけられないほど早いボールを投げますが、ピンチになると力を発揮できない気の小さいところがあります」
「アメリカ戦でも登板していますが、打ち込まれています。弱気のところがあるので、日本にも付け入る隙はあります」

日本が1点を返し、ノーアウト2.3塁と攻めると、
「弱気の虫が出てきましたね」
 
このような感じで、ピッチャーが気が小さいということを連呼してました。まぁ、立場上、仕事上、日本が勝てそうな実況をしなければいけないのは分かりますが、聞いていて、そこまで言うことないじゃないかって感じました。
 
そのピッチャーは交代し、後続は討ち取られました。日本の負けです。負けたショックもありましたが、実況の後味の悪さが辛かったです。私も気が小さいので…(誰?笑ってるのは?)。
   
      
  
今、卓球の女子団体戦3位決定戦(日本vs韓国)を見ています。韓国が優勢ですが、セット毎は接戦です。見ていてドキドキしてしまいます。実際に戦っている選手たちはどんな精神状態なんでしょう。
水泳や陸上の、100分の1秒で優劣が決まる競技も、選手はどのような気持ちで結果を受け入れるのだろうって考えてしまいます。たぶん、普通の人では感覚できない時間の中を生きているんでしょうね。競技中は。

2008年8月16日 (土)

なぜ記念日にしか意識しないのでしょう

終戦記念日の頃になると、「なぜ戦争はなくならないのか」「戦争を起こしてはいけない」「日本は平和だ」という声をよく耳にします。そのたびに、私(声の主)不在だなと感じます。
「私の欲望の果てに戦争が起こるのかもしれない」「今現に、私が戦争起こしている」「平和がいいといいながら、平和を感じられない私」
平和を語るには、先ず自分を見つめてから。
 
寺報(ペーパーメディア)「ことば こころのはな」2008年8月号の裏面に書いた文章です。
 
      

「10年間お読みいただいて、ありがとうございます」
明日とも知れぬいのちをいただいて、今日まで生きてきました。西蓮寺寺報「ことば こころのはな」を書き続けて今月号で丸10年になります。よくここまで生きていたものです。
今月号を書くに当たり、この10年を思い返すと、「わたしの目の前に人がいる」ことが見えなくなってきているように感じます。
秋葉原で起きた無差別殺人事件(2008年)。犯人の身勝手な動機と行動に、誰もが憤り、恐れました。この犯人は成人男子でしたが、最近の凶悪犯罪は若い者が起こすという錯覚が生じているように感じられます。
1997年の神戸連続児童殺傷事件(別名、酒鬼薔薇事件)は、幼い子どもたちが殺され、被害者の一人の少年の首が中学校の校門に置かれるという事件でした。まだ犯人の見当もつかないとき、あるプロファイラーが十代の少年の犯行かもしれないと解析しました。「子どもがこんな事件を起こすはずはない。いったい何を言ってるんだ」と非難を浴びていたのを覚えています(犯人は14歳の少年でした)。
10年前は、子どもに対する安心感・信頼感・私たちが守るんだという使命感が溢れていました。それなのに、たった10年で、子どもに対する恐怖心・不安感・なにを考えているか分からないという理解不能なものを見るような目線に変わってしまいました。起きている事件が衝撃的なために、犯人に対して、自分とはまったく別の生き物的な見方をしてしまいます。
印象に残っていることばがあります。2000年に佐賀県で西鉄バス乗っ取り事件が発生しました。その事件で重傷を負った被害者の方が、加害少年に対して、「こんなことをしなくてはならないくらい、少年の心は傷つけられていたんですね」と言われました。
心身ともに深い傷を負ったのに、加害少年のことを想う被害者。そのようにありたいものですねと言いたいのではありません。どのような状況においても、「今、ここにいるあなた」のことを想う気持ちを忘れたくない。そういうことを強く感じるのです。
 
自分の都合や想いが優先し、他者を顧みない。人間不在。
電車やバスの座席に座っているときに、自分の近くに立っている人の存在が見えていますか? お年寄りや妊婦、体調の悪そうな人が立ってませんか? 携帯の電源を切らなければいけないシートに座りながら、携帯を使い続けていませんか? ペースメーカーを使っている人もいなさそうだからかまわないって? 実際にいるいないが問題なのではありません。携帯を使っているあなたのせいで、座るに座れない人がいるのですから。
自分の存在を相手に伝えるための自転車のベル。相手をどかすために、けたたましく鳴らしていませんか?
私に向かって人が歩いて来ます。ちょっと横にそれれば、ちょっと立ち止まればぶつからないのに、まっすぐ突き進んでいませんか? お前がどけと言わんばかりに。
秋葉原の事件。容疑者が犯した罪のみが地獄なのではありません。人が何人も倒れているのに、その様子を携帯のカメラで撮りまくる人々。この世の地獄は、特定の人間だけが作り出しているのではない。私も地獄の構成員。
次々起こる無差別殺人事件。「誰でもよかった」と言う容疑者の決まり文句。
「誰でもよかった」ということばの背景には、「自分さえよければいい」という想いが内在すると感じています。
「自分さえよければいい」「あいつが邪魔だ」「あいつさえいなければ」「自分より恵まれている他者は許せない」自己チュウ・逆切れ・モンスター○○・・・
「自分さえよければいい」見方では、周りに人がいるという皮膚感覚は生まれません。「誰でもよかった」と言えるのは、「人なら誰でもよかった」のではなく、「人でないから、誰でもよかった」のかもしれません。
事件の容疑者だけのことだけを言っているのではありません。「自分さえよければいい」と誰もが考えたことがあるはずです。寺報をお読みのあなたも。書いている私も。
仏教では、こころの中で考えたことも、実際に起こした行動も、罪は同じだと教えています。他者を認めぬ私。いったい私は、何度殺人罪を犯せば気が済むのでしょう。
こころの中で考えたことと、実際に 犯した罪とが同じだなんて納得できませんか? 納得してしまっては、他者の見えないわたしのままです。おしえは、自己の問題解決のためにあるのではない。おしえは、私の闇を照らし出します。自分の考え方とは違うものの見方を示し、見えないはずの闇の中身を見せてくれます。見る勇気を与えてくれます。
人が見えなくなって、自分自身まで見えなくなっています。
 
 今、ここに、あなたがいる
 だからこそ私が生きている
     
         釈勝願(西蓮寺副住職)

2008年8月15日 (金)

平和の祭典

平和の祭典と言われるオリンピック。
中国とチベットの問題・ロシアとグルジアの紛争…争いは続く。
 
8月15日・・・終戦記念日
オリンピックをテレビで見ながら、「オリンピックで黙祷とかしないのかな」とつぶやく私。
「だって、二次大戦はもっと早くに終わっているんだから、今日が世界的に終戦記念日じゃないのよ」と妻。

国によって終戦の解釈はさまざま。
いや、同じ国内においても終戦のはいろいろ。
 
戦争が終わって63年というけれど、戦争は終わったのかな。
日本は戦争をしていないというけれど、本当にしてないのかな。
私たちが普段何気なくしている買い物も、たどっていくと戦争に関わっている事実がある。
 
終戦記念日、テレビでオリンピックを見ながら、いろいろと考えていました。うまく書けなくてすみません。 

2008年8月14日 (木)

いのちをもらって生き続けているんだ

暑い日が続きますね。いかがお過ごしですか。
境内を歩いていると、セミが地中から出てきた穴が所々に開いています。
穴だけでなく、葉を裏返してみると、セミの抜け殻がたくさん見つかります。今日もお寺参りに来た小さな子が、抜け殻をたくさん見つけて、大興奮で持ち帰りました。
 
Dscf1979
写真はアブラゼミの抜け殻ですよね。
ところが、今まで見たことのない抜け殻をいくつか見つけました。
 
Dscf1981
この抜け殻は、なにゼミの抜け殻なのでしょう?
 
Dscf1982
アブラゼミと比べると、こんなに大きさが違います。
なにゼミかご存知の方、いらっしゃいますか? 
  
     
夜、境内の見回りをしていたら、お墓掃除用に置いてあるタオルにセミがくっついていました。
ほぼ脱皮完了です。きれいな色です。
Dscf2015 
 
今朝坊守がつぶやいていました。
「今年のセミ、小さくない?」
 
そう言われてみると、小さいような。
セミは地中で7年のときを過ごすそうですが、もしかしたら7年待たずに地上に出てきてしまうのかも。あまりの暑さに。セミにおける7年という時間の感覚が狂っているのかもしれません。
 
蓮光寺様のHPの本多ご住職の文章をお読みいただきたく、書き添えておきます。
 

この豪雨のなかでアブラゼミが殻から生まれていた。7年も土で静かにこの時を待っていたのであろう。7年前といえば、いわゆる9.11の年だ。その夏にいのちとなったセミが今ここに、成虫になろうとしている。豪雨の中でも、生きようとするアブラゼミ。いのちは生まれたくて生まれてくるのだと思った。

2008年8月13日 (水)

聞法で暑気払い

今日は西蓮寺聞法会でした。
先月に続いて「宿業」のお話でした。
過去現在未来と、連綿と続くいのちの歴史の中を、たまたま今、私という姿をとって表出している。
このいのちは、両親・祖父母・曽祖父母・・・と伝わってきた歴史でもあり、同じ時代を生きた人との出会いの積み重ねでもあり、自然界のめぐみをいただいたものでもあります。そのすべてが積み重なって、今のわたしがいる。参加された門徒さんたちとの会話の中で、出てきた宿業観です。
でも、真宗門徒にとって「宿業」は、一生の課題であることが明確になりました。
 
法話が終わってから、暑気払いのお食事会をしました。
先月末に、突然思いついて、急遽実行に移しました。
この暑い日に、人によっては今日からお盆休みにもかかわらず、6名の方が西蓮寺聞法会に来てくださいました。
ありがとうございます。
6名のご門徒と、西蓮寺の4人で、ホットプレートで焼き物をしながら、お酒を飲みながら、楽しい時間を過ごすことができました。
法を聞く聞法も大事ですが、法の導きによって集まった人々が会話をする。サンガを感じました。
急遽催した暑気払いでしたが、やってよかったです。
楽しい時間をありがとうございます。
 
Dscf2009

2008年8月12日 (火)

ホウ・レン・ソウ

ホウ 報告
レン 連絡
ソウ 相談
 
ホウレンソウは幸せの味
ホウレンソウは笑顔の素
 
ホウ・レン・ソウ ホウ・レン・ソウ ホウ・レン・ソウ
 

2008年8月11日 (月)

笑顔が消えた理由

知らないこと、知らされていないことがたくさんあるということを前回書きました。
知らされていない…知っている人は、なぜ知らせないのだろうか。

(1)知ることによって、つらい想いをすることもある。つらい想いをさせたくないから、知らせずにいる。

(2)知らせる必要もないことだ。(知っている)私一人が対処すれば、頑張れば、背負えばいいことだから。

(3)知らせることによって、反論が出るかもしれない。反対されるかもしれない。そのようなことがあってはならない。だから知らせない。

知らせない理由はさまざま。
理由はさまざまだけど、知らせないことによって、悲しみが共有されることは有り得ない。
(1)(2)は、相手のことを想ってのことかもしれない。しかしそれは、「傲慢」の裏返しであり、「孤独」への序章かもしれない。
「どうして知らせてくれなかったんだ」
「なぜ相談してくれなかったんだ」
(知らせなかった)私が考えているいじょうに、私のことを想ってくれている人がいる。悲しみを共有することを厭わない人がいる。そんな大切な人がいるのに、無視していました、傲慢になってました、孤独になるための一歩を踏み出しているようなものでした。

(3)は、国家や大企業、大きい組織をイメージしてしまいました。都合が悪いことは知らせない。ギリギリまで隠しておく。どさくさ紛れに、気付かれないように報告する。
現代の生活の窮屈さ・環境破壊を押し進めるエコ・みんなのためといいながら内実が伴わない事業…。
「ここに人がいる」ということを、なぜ忘れてしまうのだろう。
つらい選択なら、やむにやまれない決断なら、本当に民衆のことを想っての決定なら、正直に話せばいいのに。
それを批判する人は、そんなにはいない。
(でも、組織が大きくなればなるほど、関わる人間が多ければ多いほど、難しいことだといいこともよく理解る。人間って、哀しい生き物だ)

 ☆ ☆ ☆

幸せって、不安が取り除かれて幸せになるのではない。
笑顔って、つらいことがないから出るのではない。
不安が、つらいことがあるからこそ、幸せを感じ、人を温かい気持ちにさせる笑顔がある。
幸せの背景には、どれだけの苦悩があることだろう。
笑顔の裏側には、どれほどの悲しみがあることだろう。

現代日本は、人々の顔から笑顔が消えていると言われる。
貧しい国に旅行した人は、「貧しい国に生きているのに、人々の顔は生き生きとしていました」という感想をもらす。
何が私たちから笑顔を奪っているのか。笑顔になれる楽しいことがないからではない。
国家や企業・組織からはなにも知らされず、家族や仲間・友人からはなにも相談されない。そこに、悲しみの共有は生まれない。
笑顔の根っこ、幸せの根っこがないのだ。
「自分さえよければいい」という幸せを求める。その欲求が、仮に満たされたとして、そこで満足できないのは、根無しの幸せだから。だから、欲求が満たされても、更に求める。欲求が満たされても、期待していたような満足ができない。欲求が満たされても、虚しい。

知らせない事実が、人の為という想いが、笑顔を奪う。

2008年8月 9日 (土)

知らないということを、知っている

8月6日 広島に原爆が投下されました。
8月9日 長崎に原爆が投下されました。
 
戦後63年 その傷跡は今も残ります。
また、忘れてしまってもいけない傷です。
 
しかし、戦後63年も経って、既に原爆の恐ろしさは周知されていてもいいのに、未だに知られていない、明かされていない事実がある。
 
8月6日、NHK教育テレビの「視点・論点」で、ナターシャグジーさんが出演されていました。
今から22年前に起きたチェルノブイリ原発事故で被曝した彼女は、ウクライナの民族楽器バンドゥーラの演奏をしながら、原発事故により生じた現実を語られています。
事故が起きたときは、夜中で、誰にも事故のことが知らされなかったこと。事故から2日経ってから避難してくださいと言われたこと。3日もすれば家に戻れるから、何も持たずに避難してくださいと言われ、それから今でも街に帰れずにいること。
私たちの知らない現実を、話してくださいました。
お話の後に演奏された「いつも何度でも」(「千と千尋の神隠し」の主題歌)が、とても印象的で、こころに残りました。何度も聞いている曲なのに。
 
   呼んでいる 胸のどこか奥で
   いつも何度でも 夢を描こう
   悲しみの数を 言い尽くすより
   同じくちびるで そっとうたおう
  
 
大切なことは、いつも隠されてきた。
戦争から63年経って、原爆を落とされた国の人々は、落とされた悲劇を決して忘れない。
この事実を次の世代に受け継いでいかなければいけない。
原爆を落とした国の人々は、落とした結果どうなるのか、実はほとんど知らない。
原爆を落とされても仕方ないことをしたじゃないか。
原爆を落としたことによって、戦争の終結が早まったのだから、被害者がそれ以上出なくて良かったじゃないか。
そういうことが言えてしまうのは、原爆の脅威を知らないから。
 
原子力発電所の脅威を味わったはずの国でさえ、事故から22年たった今、あらたな原子力発電所建設に向けて動き出しているらしい。
悲劇を知っている人はいる。悲劇を伝えようとしている人もいる。なんとか知ってもらいたいと頑張っている人もいる。だけど、生活の話になると、生きるための話になると、「必要だ」という声が出てくる現実。
遠い国の話ではない。今、私が住んでいる国の話でもある。
 
今、テレビ番組ではオリンピックが花盛り。
この一大イベントのために、街は整備され、民衆は賑わう。
しかし、整備された地区の一歩外は、そのあおりを受けている。
選手の応援で華やいでいるその陰で、オリンピックのことすら知らずに、なんとか生きている人々がいる。
事実を知らない現実があるだけなのか、事実を知らされない現実があるのか。その差は大きい。
 
オリンピックを開催している国について、入ってくる情報は悲観的なものが圧倒的に多い。
貧しい・農薬だらけの野菜・人を人として見ていない・日本が嫌い・・・
そのような情報を浴びていると、中国人は日本人が嫌いなんだなと、思い込んでしまう。しかし、数日前に出ていたアンケートでは、日本を好意的に思っている中国人の方が、中国を好意的に思っている日本人よりも圧倒的に多いそうな。中国人は日本人が嫌いだと、勝手に思い込んでいなかっただろうか。自分の経験でそう感じるのではなく、外部からの情報を鵜呑みにすることによって。アンケートの趣旨・内容・結果も、まともに受けていいものかどうか分からない。
事実を知らされないことも恐いけれど、情報操作によって植えつけられる知識はもっと恐い。 
 
私たちは、なにを知っているのだろう。なにを知ればいいのだろう。
なにが正しくて、なにが間違っているのか。
あぁ、迷惑しながら生きてきたのだろうか。
 
でも、夢を描きたい
なげく口で、希望をうたいたい

2008年8月 8日 (金)

迷惑

「2008年8月のことば」に「迷惑」について書きました。
 

こんにち「迷惑」というと、他者からかけられること、被ることを意味しますが、本来は違います。「迷惑」とは、自らの思いに迷い惑うこと。誰かがかけるものではないのです。自分で迷い・自分で惑うのです。
「名利の太山に迷惑して」とは、「名を馳せたい」「有名になりたい」「高い地位が欲しい」と、大きな山よりも大きな名利心で、私自身が人生に迷い、どこに行けばいいのか惑うているのです。 

 
「迷惑」について、もうひとこと。
 
謝罪会見等で、「ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした」とは、よく聞くセリフです。
しかし、謝るべきはその人が犯した行為自体。「迷惑」は、相手が勝手に迷惑しただけのことなのですから。「迷惑をおかけして申し訳ありません」では、行為そのものを侘びたことになりません。
謝られる方も、「迷惑をかけられた」ことを怒るのは間違いです。あなたが勝手に迷惑しただけのことなのですから。怒るべきは、行為そのものに対してです。
 
暑い(熱い)夏、あまりピリピリせずにいきましょう。

2008年8月 6日 (水)

たくさんのことを学びました

8月5日、松本サリン事件の被害者の河野澄子さんが亡くなられました。
松本サリン事件が起き、河野義行さんが犯人扱いされたのは周知のことです。
義行さんの奥様 河野澄子さんはサリンによって意識をなくし、ついに回復することはありませんでした。ご家族の負われた傷を思うと、胸が痛みます。
事件で犯人扱いされているときから河野さんとお子さんのお姿をテレビで拝見していましたが、みなさんの毅然としたお姿には、こころ動かされてきました。果たして、自分があのような立場に立たされた場合、あのような姿勢を貫けるでしょうか。
 
義行さんは、仕事が終わると毎日のように病院に向かい、奥様に話しかけていらっしゃいました。
おふたりにしか感じ得ない世界があったんだろうなと思います。
 
ここからは、私が独自に感じていることです。
よく、「生き甲斐」を求めると言います。でも、「生き甲斐」ってどういうことなのでしょうか。
「生き甲斐」を求めている人が考えているのは、生きていることに充実感があって、それが喜びに変わることではないでしょうか。と、感じます。
 
私は、「生き甲斐」ということばを考えるとき、
『河野さん一家は「生き甲斐」に出遇ってしまったんだ』
と、感じるのです(変な表現ですみません)。
その「生き甲斐」って どういう意味ですか? と問われると、うまく説明できませんが、「一生かけて背負うこと」とでも言うのかな・・・。
一般的に考えられるような「生き甲斐」とは、まるで違うものだと思います。
私が考える「生き甲斐は」見つけてしまったら、苦しいのです。つらいのです。でも、そのことを一生こころに留めながら、生きていくのです。つらいけれど、そのことが私を生かすはたらきとなるのです。
 
  
あるとき、私が『河野さん一家は「生き甲斐」に出遇ってしまったんだ』って話をしたら、
「そうですね、サリン事件の犯人が全員死刑になるように、頑張るんですものね。まさに生き甲斐ですね」
と、受け止められたことがあるのですが、そうじゃないのです。
べつに、何か目的があって、それを達成するために「生き甲斐」を得たと言っているのではないのです。
ただ、「あることを明確にこころに留めながら生きていく。そういうものに出遇ってしまった」のです。うまく言えませんが、「生き甲斐」ってそういうことだと考えています。
つまり、「生き甲斐」って、見つけてしまうと、本来苦しいものだと思うのです。
しかし、私が考える「生き甲斐」も、一般的に考えられているであろう「生き甲斐」も、見つけたら人生がいきいきしてくるのです。そこは同じなのです。不思議なことに。
  
河野澄子さんの訃報に接し、
確かに自分自身に出遇い、自分を生きぬいたご家族のことを思い出していました。
家族のあるべき姿を見させていただいた河野さん一家に、感謝申し上げます。
(お別れのことば「ご冥福をお祈りいたします」「安らかにお眠りください」とかって、他人事になっているように感じるのです。自分が亡き人からなにをいただいたのか。そのことを告白できる表現がいいなぁって思います。なかなかしっくりくくる表現もないのですが)

2008年8月 5日 (火)

継続は信なり

寺報を書き続けていると、「よく続きますね」と言われます。自分でもそう思います。
寺報を毎月お渡ししているご住職がいます。寺報を読んで、感想のハガキをくださいます。ありがたいことです。
あるとき、寺報を書き続けていることに対して、「継続は信ですね」というおことばを頂戴いたしました。
「継続は力なり」という言い方が一般的だと思うのですが、「継続は信なり」というおことばでした。
 
「力」は、身につくものです。
「信」は、信心のことかと思っています。だからといって、自分に信心があるという意味ではないと思います。
私はよく、「信じるとか、願うとか、誓うとか、愛するとか、任せるといったことは、人間にはできないことです。この私が、信じられているのです、願われているのです、誓われているのです、愛されているのです、任されているのです。阿弥陀から」と言います。
「信」も、私の信心ではなく、阿弥陀の信心(衆生を信じているおこころ)だと思っています。
 
「継続は信なり」…寺報に、寺報を作る過程に、寺報の文章を書くに至るこころの動きに、阿弥陀さまがおわします。
私は、そのようにいただきました。
 
「継続は信ですね」
大切なおことばをいただきました。文章を書くときは、いつも思い起こしています。


2008年8月 4日 (月)

足あと

暑い日が続きますね。いかがお過ごしですか。
毎月1日に西蓮寺寺報「ことば こころのはな」を発行しています(毎月1日にアップしている文章は、寺報の文章です)。
毎月発行している寺報が今月で120号を迎えました。
ということは、丸10年経ったということですね。早いものです。
始めるときは、「書けなかったら止めればいいじゃないか」という気持ちで始めました。「続けなければいけない」という気持ちだと、なかなか寺報発行に踏み出せないものです。
そうはいっても、始めた責任はあります。第3号の寺報を作っているときに、「とんでもないことを始めてしまった。これからどうすればいいんだろう」と真剣に悩みました。恐怖心にも近かったかな。
 
はじめの頃は、お寺参りに見える方に渡す程度でした。坊さん仲間に渡したり、公に配るなんて、恥ずかしくて出来ませんでした。お寺の聞法会に見える方にさえも渡せなかったです。
 
何年か経ってからやっと、坊さん仲間に渡したり、法話を聞きに行った際、そこで知り合った方に渡すことが出来るようになりました。それでも、渡すのにかなり勇気がいりました。
 
西蓮寺は、寺の前にバス停があります。バス停で待っている人が、自由に持っていけるようにしようと思って、西蓮寺山門横の掲示板に、寺報を自由に持っていけるように置くようになりました。
すると、思っていたよりもたくさんの方が持っていってくださるので驚きました(破かれたり、クシャクシャにされたりすることもありますが)。
・感想を言うために、寺まで訪ねて来てくださった方。
・坊守と同郷(長崎)で、話してみたら、実は実家が近所だった方。
・私が掲示板に置く前に、取りに来てくださる方。
・文章を読んで、私の心身の具合を察してくださる方。
・寺報を見て、遠くから聞法会に足を運んでくださる方。
・あるときの文章に励まされましたと、会うたびに声をかけてくださる方。
いろいろな人との出会いがあって、うれしいです。私の方こそ励まされます。寺報を始めてよかったなと思います。
 
長いようで、あっという間の10年でした。
人に仏教を教えるため、伝えるために書くのではありません。そんな思い上がったこと、できません。
ことばに出遇い、私はこのようにいただきました。ただその想いを書き続けてきただけです。
書く場、自分を表現できる場があることは、とてもありがたいことだと思います。
 
自己表現を出来ずに苦しんでいる人が増えているように感じます。
私も、寺報やブログによって自己表現をしていなかったら、どうなっていたか、なにをしでかしていたか分かりません。
方法はなんでもかまわないから、自分の想いを語る場に出遇ってほしい。
ブログのように誰かに見せなくても、手書きの日記でもいいのです。自分の想いを表に出すことで、自分でも「こんなこと考えていたんだ!!」という発見があるものです。書いているうちに、怒りや悩みが落ち着くこともあります。「たいしたことなかったな」って、思えるときもあります。

一歩立ち止まる。
文章を書くって、そういう時間を与えられているのかもしれません。
 
10年間、ありがとうございます。
まだ続くと思います。一歩一歩立ち止まるために。
よろしくお付き合いください。

2008年8月 3日 (日)

これでいいのだ

朝起きて、朝刊の一面の見出しを見て驚きました。
「赤塚不二夫さん 死去」
闘病されていることは存じてましたが、亡くなられてしまうとは。
諸行無常とはいえ、驚きました。
  
バカボンのパパの決めゼリフ。
「これでいいのだ」
どんな結末であっても「これでいいのだ」
テレビでバカボンを見ていた頃、子どもながらに「これでいいのか?」なんて突っ込んでみたり、「いいのかもしれないなぁ」なんて納得してみたり。
 
「これでいいのだ」とは、
「こうなるようになっているのだ」ということといただいています。
植木等さんのスーダラ節の「わかっちゃいるけどやめられない」とともに、真宗の真髄だと思います。
長々と説教するよりも、ひと言で真理を言い当てていることばだと思います。
  
「バカボン」といえば、
お釈迦さまのことを、インドの言葉で「バカボン(婆伽梵)」と言うのをご存知ですか?
お釈迦さまが由来だという人もいますが、実はそうではないらしいです。
この文章を書くに当たり調べてみたら、「バガボンド(放浪者)」が由来らしいです。知りませんでした。  
   
でも、「これでいいのだ」という達観したセリフを吐かれるところから察するに、バカボン(のパパ)は、さとりの境地にいらっしゃたのかもしれませんね。
  
才能ある方の死に接すると、マスコミは「早すぎる死でした」「もったいないです」「惜しい方を亡くしました」などと言いますが、赤塚さん自身笑っておられることと思います。
「これでいいのだ」って。
  
赤塚不二夫先生、楽しい作品をたくさんありがとうございます。

2008年8月 1日 (金)

2008年8月のことば

Dscf1976_2
 誠に知りぬ。
 悲しきかな、愚禿鸞(ぐとくらん)、
 愛欲の広海に沈没(し、
 名利の太山に迷惑して、
 定聚(じょうじゅ)の数に入ることを喜ばず、
 真証の証に近づくことを
 快(たの)しまざることを、
 恥ずべし、傷むべし、と。

      親鸞聖人
  
 
 まことに知りました。
 悲しいことに、この愚禿親鸞は、
 愛欲の広い海に沈み没し、
 名利心の大きな山に迷い惑って、
 阿弥陀仏の浄土に入ることが
 約束されていることを喜ばないし、
 真実のさとりに近づくことを
 快しいとも思わない。
 恥ずかしいことです
 傷ましいことです、と。
     (『教行信証』信巻より)

親鸞聖人は、自身を「愚禿鸞」と名告られます。
「愚」は、愚か者。「禿」は、道を求めるこころもないのに、生きるため、食べるために出家した、形だけの僧侶を意味します。
つまり、自身を、愚かで格好ばかりの坊主であると告白しているのです。それだけを聞くと、卑下や謙遜のように聞こえますが、「愚禿」と名告る背景には、自分を見つめる厳しい眼があります。
 
「愛欲の広海」…愛欲とは、性欲だけを指すのではなく、貪欲・瞋恚も含めた欲望です。
「あれが欲しい」「これが欲しい」貪りの果てに、欲しいものが手に入らなければ、思うとおりにならなければ、怒りにまかせる。「あいつが悪い」「こいつのせいだ」
貪りと怒りが満ち溢れている私のこころ。自分で作り出した欲望の広海に、自ら溺れています。
 
「迷惑の太山」…「迷」は道に迷うこと。「惑」は行き場がなくなり戸惑うこと。
こんにち「迷惑」というと、他者からかけられること、被ることを意味しますが、本来は違います。「迷惑」とは、自らの思いに迷い惑うこと。誰かがかけるものではないのです。自分で迷い・自分で惑うのです。
「名利の太山に迷惑して」とは、「名を馳せたい」「有名になりたい」「高い地位が欲しい」と、大きな山よりも大きな名利心で、私自身が人生に迷い、どこに行けばいいのか惑うているのです。 
   
悲しいことです。
愛欲の広い海に沈没して、
名利心の太山に迷い惑う親鸞です
    
親鸞聖人は、こんなにも悲しんでいることを、どうして堂々と告白できるのでしょうか。どうして自暴自棄にならないのでしょうか。
それは、阿弥陀如来に出遇われたからです。
今月のことばは、親鸞聖人の自己内省(自分を見つめて、省みる)のことばだと思っていました。
親鸞聖人は、亡くなる直前まで『教行信証』(『顕浄土真実教行証文類』)を書き直されていました。つまり、一生かけて伝えたいことを書き綴られた書物なのです。そこに著したのは、自己内省にとどまらず、自己内省を通して出遇われた阿弥陀如来のこと。それと、反省すべき自己ではなく、自己のあるがままの姿です。
阿弥陀如来の浄土に入ることが約束されても、喜ばない。真実のおしえに触れても快しめない。阿弥陀如来に出遇われたのに、なぜ?
私たちは、定聚に入ることが喜びであり、真証の証に近づくことが快しみだと思っています。また、それがさとりだと考えています。しかし、本当にその身になれたとしても、喜べないのです、快しめないのです。
愛欲が叶えば、名利心が成就すれば、私は安心・満足するのでしょうか。いえ、できないのです。更なる愛欲に溺れ、もっと大きな名利心が芽生えてくるのです。阿弥陀の浄土に生まれることができますよと言われても、どうしてそんなことが言えるんだ?と、疑惑が生ずるのです。
  
「誠に知りぬ」
自身の愚かさを知ったのではありません。阿弥陀の慈悲に包まれている自身を知ったのです。
親鸞聖人の告白が、今に伝わり、今に響いているのは、阿弥陀如来に出遇った人のことばだから。自分自身に出遇った人のことばだからです。
親鸞聖人は、誰もが阿弥陀如来に遇えると確信しているのです。
「恥ずべし、傷むべし」は、恥じた自分・傷んだ自分の表明にとどまらず、自己を知り、阿弥陀に出遇い、恥じ傷むときが誰にも必ず訪れるに違いないという確信のことばなのです。 
  
     
 
西蓮寺門前の掲示板に、月替わりで人形を飾っています。
8月の人形は3尊のお地蔵さんです。お顔を眺めていると、優しい気持ちになってきます。
お人形は長石セツ子様よりいただきました。ありがとう ございます。
Dscf1970

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ