« 家に着くまでが、講座です | トップページ | おみがきの会 »

2008年4月23日 (水)

誰もがみな

人が人を裁くこと
そのことに無理があることだと思っています。
  
人が犯す罪に軽重はあるのだろうか?
そんなことを問えば、「あるに決まっている」と返されるだろう。
チューリップを折ることと、人を殺すことの罪の重さが同じはずはないって。
ものを盗むことと、いのちを奪うことの罪の重さが同じなわけないだろうって。
 
罪を犯さない人なんているのだろうか?
「私は罪をおかしたことはありません」と言われたことがある。
法的に罪を犯してなくても、
人を見下したり、疎ましく思ったり、匿名で誹謗中傷したり・・・
そういうこともしなかったのかな。
それだって立派な罪。
人と出会っていれば、誰もが抱く罪。
 
誰もが罪を作っている。罪を持っている。罪を背負っている。
それ故に、誰もが苦しむ。
他人(ひと)の持つ罪に苦しめられるだけでなく、
私の持つ罪にもこころつぶされる。
 
誰もがみな
 
  
光市母子殺害事件の裁判の判決が出ました。
自分をまったく別のところに置いて、想いを述べるのは簡単です。
でも、「わたし」も当事者なのです。
そういう感覚を見失ってはいけない。

« 家に着くまでが、講座です | トップページ | おみがきの会 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 家に着くまでが、講座です | トップページ | おみがきの会 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ