輪になる時間
4月6日、ご近所の存明寺さまの「青年のつどい」に参加させていただきました。
当日は3部構成で、
仏教儀式の時間
お話を聞く時間
車座になる時間
の時間を過ごさせていただきました。
お話を聞く時間には、おふたりのご門徒と、酒井義一ご住職のお話がありました。
ご住職のお話は、「善意の持つ闇」についてでした。
人は、他人(ひと)のことを思って、その人にとって良かれと思って行動を起こす。しかし、その善意が、人を苦しめることもある、と。
悪意を持ってことを成した場合、後ろめたさを感じることもあるし、振り返って反省することも出来ます。
しかし、善意が犯している罪には、気付けないものなのです。自分はいいことをしているつもりなのですから。
そこには、他人のことを思っていながら、他人が見えていないという闇があります。人間不在です。
同朋とは、
朋にあやまちを犯す者。
朋に、離れない闇を持つ者。
そういう人間存在であるということを、徹底して教え続けられたのが親鸞聖人です。
同朋とは、朋に法に聞く者。仏法聴聞のお仲間としか思っていなかった私にとって、朋にあやまちを犯す存在として「同朋」を見出しておられたお言葉にビックリしました。
それは、人間を卑下した表明ではなく、そこにこそ同じ地平に立つ者としての朋なる感覚があるのだと強く感じました。ありがとうございます。
☆ ☆ ☆
会後は、バーベキューパーティー。
ちゃっかり参加させていただいて、申し訳ありませんでした。桜を見ながら、みんなでワイワイしゃべりながら食べるお食事、美味しかったです。
当日は、小学生の時の同級生に会えました。
住職の弟さんの奥さんの妹さんの結婚相手が(長い説明ですね)、私の同級生なんです。お話は伺っていたのですが、そのときに偶然同級生に会えました。
うちの奥さんのお友達も来ていて、当日は留守番だった奥さん(なんて呼べばいいんだろう)を寺まで呼びに行ってしまいました。久しぶりの再開、喜んでくれたかなぁ。
その日のことではないのですが、存明寺さんの今年の修正会にお邪魔したときも(お邪魔しっぱなしで申し訳ありません)、中学生のときの同窓生に会うことができました。
「もしかして、白山君?」と、声をかけられ、「はい」と、驚きのあまり素っ気無い返事をしてしまいました。そのときは失礼しました。でも、声をかけていただいて嬉しかったですよ。他の門徒さんもいて、ちょっと照れくさかったけど。
人と人って、つながっているんだなぁ。
そういうことを痛感させていただいた「青年のつどい」でした。
いつも温かく迎えてくださる存明寺のご家族の皆さまと、ご門徒の皆さま、ありがとうございます。
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