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2008年4月

2008年4月29日 (火)

西蓮寺永代経法要2008

2008年4月29日
晴天に恵まれて、75名のご門徒にご参詣いただき、西蓮寺永代経法要をお勤めすることができました。
西蓮寺のご門徒だけでなく、お仲間のお寺のご門徒さんも多数ご参加くださいました。お寺を越えた聞法のつながり、有り難いことです。

☆ご法話の時間☆
ご法話の大事な時間を少し頂戴して、私(副住職)の結婚報告をさせていただきました。住職・坊守共々、よろしくお願い致します。
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今年のご法話は
 酒井 義一ご住職(世田谷区北烏山 存明寺)
酒井ご住職には、子供のころからお世話になっています。私たちの披露宴の司会も引き受けてくださいました。
 
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○ご法話より(副住職ノートより)○
☆お手次(てつぎ)という言葉があります。手から手へ、人から人へ、自分がいただいた念仏の教えを伝えていく。仏法が伝わるように、寺と寺、寺と門徒、門徒と門徒、それぞれが、お互いに教えを伝えあっていく。そのような関係を手次と言います。
 
☆多くの寺の息子がそうであるように、私も寺を嫌って育ちました。やがて寺に入り、表向きは楽しそうに振舞っていましたが、こころの底には暗さがありました。
ある日、先輩僧侶に指摘されました。「君の暗さは、どこから来るんだろうね」と。明るい振りをしていたにもかかわらず、指摘されたこころの闇。しかし先輩は、その暗さを無くせと言うのではなく、「暗さを大切に。その暗さは、自分の生き方が、どこか間違っているという証なのだから。その暗さを大切にしてほしい」と言われました。そう言われて嬉しかったです。言葉は温もりを持って、人々に伝わっていきます。先輩にそういうことを言わしめる親鸞聖人の教えって、どのような教えだろうと思いました。それ以来、教えを、自分のこととして聞いていく歩みが始まりました。
 
    
亡き人を縁にして、お寺とつながりを持たれた方々が集まりました。法に聞き、それぞれ何かしら感じられたことがあることと思います。その感じたことを、家族・友人・仲間に話し、語り合う。
亡き人のまいた種は、遺された者の人生に、確実に花開きます。
聞法の相続、それがお手次。
永代経法要にお参りいただき、ありがとうございます。
酒井ご住職、ありがとうございます。東京五組同朋大会、成功させましょうね!!

2008年4月24日 (木)

おみがきの会

4月29日は西蓮寺永代経法要です。
それに先がけ、「おみがきの会」を開きました(4月24日)。
今回は5名の門徒さんが駆けつけてくださいました。
「おみがきの会」というと、普通仏具のおみがきなのですが、仏具だけでなく、イスや本堂の窓・柱・廊下まできれいにしてくださいました。
昨年から始めた「おみがきの会」。それまでは寺の人間が一日かけて行っていたような作業が、一時間で済んでしまいました。おかげさまで、永代経法要のための他の仕度に取り掛かれます。ありがとうございます。
 
きれいになった本堂で正信偈をお勤めした後、お昼ご飯を食べました。掃除をした後、みんなで食べるお昼ごはんは美味しいです。
 
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2008年4月23日 (水)

誰もがみな

人が人を裁くこと
そのことに無理があることだと思っています。
  
人が犯す罪に軽重はあるのだろうか?
そんなことを問えば、「あるに決まっている」と返されるだろう。
チューリップを折ることと、人を殺すことの罪の重さが同じはずはないって。
ものを盗むことと、いのちを奪うことの罪の重さが同じなわけないだろうって。
 
罪を犯さない人なんているのだろうか?
「私は罪をおかしたことはありません」と言われたことがある。
法的に罪を犯してなくても、
人を見下したり、疎ましく思ったり、匿名で誹謗中傷したり・・・
そういうこともしなかったのかな。
それだって立派な罪。
人と出会っていれば、誰もが抱く罪。
 
誰もが罪を作っている。罪を持っている。罪を背負っている。
それ故に、誰もが苦しむ。
他人(ひと)の持つ罪に苦しめられるだけでなく、
私の持つ罪にもこころつぶされる。
 
誰もがみな
 
  
光市母子殺害事件の裁判の判決が出ました。
自分をまったく別のところに置いて、想いを述べるのは簡単です。
でも、「わたし」も当事者なのです。
そういう感覚を見失ってはいけない。

2008年4月22日 (火)

家に着くまでが、講座です

推進員養成講座のため、19日から21日まで、60名ほどの門徒さんと京都のご本山に行ってきました。講師の佐野先生のお話を聞き、語り合い、帰敬式を受式し、法名をいただき、食事をし、本山の掃除をし、推進員の誓いを考え、飛び地境内のキコクテイで打ち上げの食事会をし、御影堂修復現場の視察をし、盛りだくさんの講座でした。ちょっと疲れましたが、充実感いっぱいの講座でした。
 
解散後、京都に一泊延泊しました。
東本願寺・仏光寺・西本願寺・興正寺を歩き渡り、銀閣寺(修復中でした)・法然院(静かで落ち着きます)・六波羅蜜寺(空也さんに会ってきました)・建仁寺(双龍図が素晴らしかったです)・六角堂(遅くて閉まってしまいました)を見学してきました。
さすがに疲れました。

20:02の新幹線に乗って、帰京の途につきました。が、名古屋で新幹線が止まってしまいました。先を走る新幹線から人が飛び降りたらしいです(どうやって!?)。
2時間ほど待ったでしょうか。乗務員さんに突っ掛かっている人もいますが、新幹線や交通機関の乱れは有り得ることです。腹を立てても、新幹線が動くわけではありません。気長に待ちましょう。
とはいえお腹が空いてきました。新幹線に乗るときは、こういうときのために菓子パンやおにぎりを買っておくのですが、今回に限って買ってませんでした。ついにお土産の赤福に手をのばしてしまいました(京都土産なのに、なぜか赤福)。新幹線に乗るときは、飲み物と軽くつまめるものを買っておくことをおすすめします。

なんて書いてたら、新幹線が動き始めました。車中泊は免れました。東京駅からどうやって帰ろうかな。
 
講座参加者のみなさん、ありがとうございました。これからも聞法していきましょうね。講座も待ちぼうけも、楽しい思い出です。
 
家に着くまでが、講座です

2008年4月17日 (木)

誰でも

「誰でもよかった」
 
人を殺めて、その理由は「誰でもよかった」。
 
「誰でもよかった」
 
そうなのかな?
 
誰でもよかったのなら、親兄弟でもよかったのかな。
 
ホームに立っている人に手をかける瞬間、その人が自分の知っている人だったら、果たして実行できたのだろうか。

もしできないのなら、誰でもよくはなかったわけで…
 
「誰でもよかった」ということばについて考えていたら、そんなことを思いました。

2008年4月16日 (水)

明日とも知らぬいのちの中で、おしえのことばに出会えたこと

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  朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて
   夕(ゆう)べには白骨(はっこつ)となれる身なり
          蓮如上人 「白骨の御文(おふみ)」

  
今月のことばです。
西蓮寺山門の前に掲示してあります。
  
お寺の前を通りかかり、立ち止まって掲示板を見ていたおふたりのご婦人がひとこと。
 
 「縁起でもないわね」
 「ねぇ~」
   
私の姿なんだけどなぁ。


2008年4月10日 (木)

人間関係という贅沢

春、新しいことに踏み出す季節ですね。
昨日(4月9日)は西蓮寺聞法会でした。聞法会で紹介させていただいた ことば をひとつ。

職業の偉大さとは、おそらく、なによりもまず、人間たちを結び合わせることだ。
真の贅沢というものは、ただひとつしかない。それは人間関係という贅沢だ。

  サン=テグジュペリ『人間の土地』より
 
新しい職場、新しい学校、新しい環境
望みどおりの場に身を置いている方もいることでしょう。
あるいは、自分の望んだものじゃない、自分には合わない、すぐに辞めてやる・・・などと思いながら、取りあえずその場にいる方もいることでしょう。
どのように思っていても、そこでは、人との出会いがあります。出会いとは、有り得ないはずの出来事が起こった事実。今の場で頑張る人にとっても、新たな場を求める人にとっても、かけがえのない、大切な人との出会いがあるはずです。
特に、今の場に満足できないでいる方。不平不満で何も見えなくなってしまわないでください。目の前に、人生においてかけがえのない人との出会いがあるはずですから。

2008年4月 9日 (水)

ひとりでなんでもはできないけれど

花まつりでは、地元の石材店さんにお手伝いしていただいています。
西蓮寺のベンチとテントを、会場の称往院さんに運んでもらいました。
その際、石屋さんがテントウェイト(テントが飛ばないように支える重し)を持ったとき、「重て~!!」と言ったそうです。(現場に私はいませんでした。住職から聞いた話です)
住職が、「普段運んでる石(墓石)の方が重たいでしょう」と言うと、
「いや、石はなんともないんですよ。でも、このウェイトは重たいなぁ」との返事が。
 
テントウェイト一個の重さは10㎏。普段運んでいらっしゃる石は、もっともっと重いはずです。自分も、たまに敷石を動かしたりするのですが、ひとりで持てるものではありません。でも、テントウェイトはふたつ持って歩いたりします。
墓石を運ぶ石屋さんが、石は大丈夫でも、ウェイトは重たいという。面白いなぁって思いました。
でも、プロだなぁって思いました。石を、どこを支点にして、どのように持てば持ち運べるのか、見極めているのだと思います。それだけに、普段手にしない、小さくて重量の詰まったウェイトを持ち上げたら、とてつもなく重たく感じたのでしょうね。
 
重たいものでも軽く持ち上げられる。
軽いものでも重たく感じる。
石だけの話ではなく、日常の出来事や、悩みごと、仕事の内容にも通じるものだなと感じました。
 
つらいことでも、何とか乗り越えられる。
ちょっとしたことでもつまづいてしまう。
得手な人が、不得手な人の分をカバーしてあげればいい。
でも、不得手な人だからって、なにもかも不得手なわけではない。
得手な人だって、不得手なこともある。
自分が出来ることを、出来ない人の代わりにやってあげればいい。
でも、自分が出来ないことを、やってもらえることもある。
ひとりで何でもはできないけれど、
人が集まれば、だいたいのことは補い合える。
 
テントウェイトから、そんなことを学びました。 

2008年4月 8日 (火)

雨の中の花まつり

4月8日、今日はお釈迦さまのお誕生日です(ついでに、西蓮寺坊守の誕生日でもあります)。
 
今日は、烏山寺町の花まつりでもありました。
が、生憎の暴風雨でした。お稚児さんのパレードも出来ず、親御さんにとっては残念なお天気でした。
 
晴れて欲しい日に雨が降ると、「○○の行いが悪いからだ」なんて言いますが、誰もが分かっている通り、行いと天気はなんの関連もありません。もし関連があったら、世界中常に暴風雨でしょうね。
 
考えても見れば、「行いが悪いこと」と「雨」を結びつけるということは、雨が悪いことの象徴という見方をしているということですよね。
体や持ち物も濡れるし、傘を持たねばならない分邪魔だし、湿気があって鬱陶しいし、雨を悪いことと関連付ける精神作用は分かりますが、
雨だって大切だし、なかなかいいものですよ。
 
大切な日に雨に降られて恨むのなら、「雨よ降るな」と願った自分の想いを恨んでみてはいかがでしょうか。
雨が降ったら「○○のせい」と、人のせいにし、
晴れたら「自分の日ごろの行いがいいからだ」なんて言うのだから。
  
お稚児さんのパレードは出来ませんでしたが、花まつりは開催されました。
お稚児さんの格好をして記念写真も撮れてよかったですね。花まつりに、たくさんの子どもたちも参加してくださったそうです(花まつりについて書いておきながら、今日私は寺で電話番でした。この天気のため、たくさんお問い合わせがありました。つまり、花まつりを見ていないのです。知ったふうに書いてすみません)。
思い出の1ページになったら幸いです。
雨の中参加してくださった方々、お手伝いくださった方々、ありがとうございます。

2008年4月 6日 (日)

輪になる時間

4月6日、ご近所の存明寺さまの「青年のつどい」に参加させていただきました。
当日は3部構成で、
 仏教儀式の時間
 お話を聞く時間
 車座になる時間
の時間を過ごさせていただきました。
お話を聞く時間には、おふたりのご門徒と、酒井義一ご住職のお話がありました。
 
ご住職のお話は、「善意の持つ闇」についてでした。
人は、他人(ひと)のことを思って、その人にとって良かれと思って行動を起こす。しかし、その善意が、人を苦しめることもある、と。
悪意を持ってことを成した場合、後ろめたさを感じることもあるし、振り返って反省することも出来ます。
しかし、善意が犯している罪には、気付けないものなのです。自分はいいことをしているつもりなのですから。
そこには、他人のことを思っていながら、他人が見えていないという闇があります。人間不在です。
同朋とは、
 朋にあやまちを犯す者。
 朋に、離れない闇を持つ者。
そういう人間存在であるということを、徹底して教え続けられたのが親鸞聖人です。
  
同朋とは、朋に法に聞く者。仏法聴聞のお仲間としか思っていなかった私にとって、朋にあやまちを犯す存在として「同朋」を見出しておられたお言葉にビックリしました。
それは、人間を卑下した表明ではなく、そこにこそ同じ地平に立つ者としての朋なる感覚があるのだと強く感じました。ありがとうございます。
 
 ☆ ☆ ☆
 
会後は、バーベキューパーティー。
ちゃっかり参加させていただいて、申し訳ありませんでした。桜を見ながら、みんなでワイワイしゃべりながら食べるお食事、美味しかったです。
 
当日は、小学生の時の同級生に会えました。
住職の弟さんの奥さんの妹さんの結婚相手が(長い説明ですね)、私の同級生なんです。お話は伺っていたのですが、そのときに偶然同級生に会えました。
 
うちの奥さんのお友達も来ていて、当日は留守番だった奥さん(なんて呼べばいいんだろう)を寺まで呼びに行ってしまいました。久しぶりの再開、喜んでくれたかなぁ。
 
その日のことではないのですが、存明寺さんの今年の修正会にお邪魔したときも(お邪魔しっぱなしで申し訳ありません)、中学生のときの同窓生に会うことができました。
「もしかして、白山君?」と、声をかけられ、「はい」と、驚きのあまり素っ気無い返事をしてしまいました。そのときは失礼しました。でも、声をかけていただいて嬉しかったですよ。他の門徒さんもいて、ちょっと照れくさかったけど。
 
人と人って、つながっているんだなぁ。
そういうことを痛感させていただいた「青年のつどい」でした。
いつも温かく迎えてくださる存明寺のご家族の皆さまと、ご門徒の皆さま、ありがとうございます。

 


2008年4月 5日 (土)

本当に、本当に、本当におめでとう

4月5日、お仲間のお寺の副住職の婚礼がありました。
ご縁がありまして、仏前結婚式の住職が司婚、私が司会を勤めさせていただきました。おふたり、両家のご両親、ご親戚の皆さま、ご門徒の皆さま、おめでとうございます。
仏前結婚式には、「仏前結婚式」というものを見てみたいということで、おふたりのお友達も多数見学に来てくださいました。「仏前結婚式」というものがあるんだということを知ってもらえて、嬉しかったです。興味を持っていただけたでしょうか。
 
結婚式での出来事を書くわけではないのですが、気になったことを、いや、ずっと前から気にしていたことを。
「本当におめでとう」の“本当に”って、何でしょう?
「おめでとう」だけで充分だと思うのですが、“本当に”を付けるのはなぜなのか。気になっていました。 
「あめでとう」に限らず、「ごめんなさい」「ありがとう」「さようなら」など、“本当に”を付けることが多くなっているような気がします。
 
メールの影響かな?って思っています。
電話をかけるまでもない、手紙をかくまでもないときに、メールを使います。メールって本当に便利です(あっ、こういう場合も“本当に”を付けてしまいますね)。
直接会ったり、電話で話していれば、生の気持ちが伝わるような気がします。だから、「おめでとう」でも充分なのです。でも、メールは、どうしても文章が機械的になり、こころからの気持ちが伝わらないような気がしてしまうのではないでしょうか。だから、顔文字が発展し、絵文字が生み出されてきたのではないでしょうか。少しでも、今の気持ちを表わすように、そういう手段のひとつとして、「本当に」を付けて表現するようになったのかなと、感じています。
いや、“本当に”を付けることを否定しているのではなくて、表現として面白いなと思っただけなのです。
 
メールの影響といえば、句読点を付けなくなったのこそ、メールの影響ですよね。
若い子が書いた文章や報告書を見ていて、句読点がついていないことに気付きました。特定の子に限らず、けっこう多くの子に。
「なんでなん?」って、句読点を付けて文章を書いている子に聞きました。
「あぁ、メールの影響だと思いますよ。メールの初期の頃は字数制限があったじゃないですか。だから、句読点を省いて文章を書く癖がついたんだと思いますよ」
あぁ、なるほど!!と、納得してしまいましたが、納得していいのでしょうか? 
 
余談ですが、結婚式のご案内が来たとき、一筆添えますよね。
その際、句読点を付けずに、
 おめでとうございます
 ご案内ありがとうございます
 喜んで出席させれいただきます
 式当日が楽しみです
などと書くのがマナーだそうです。結婚式の案内だけに、「区切りを付けた」返事をしないということなのでしょうね。句読点を付けない文章を書き慣れた人には、いいですね。

2008年4月 3日 (木)

薬師寺展

4月3日
東京国立博物館で開催されている「国宝 薬師寺展」を見に行きました。
 
展示場内を順路に沿って歩くと、高い通路になっていて、角を曲がると、メインの日光月光菩薩さまが視界に飛び込んできます。通路が高めに作ってあるので、3メートル以上ある日光月光菩薩の胸元あたりから眺めることができます。今までに経験したことのない通路の設営と、今までに記憶のない高さから眺める仏像にワクワクして、歩みを止めて、5分ずつくらいだったでしょうか、月光菩薩、日光菩薩を眺めていました。
優しいのに、力強い菩薩さまの姿に、出るのはため息ばかりです。思わず手を合わせてしまいました。
 
やっと歩き出し、順路どおりあるくと、今度は日光月光菩薩の足元に出ます。それまで離れて高いところから眺めていましたが、今度は菩薩の足元直近から見上げることになります。同じものを見ているのに、まったく違う感覚。そこでもまた時間をかけて菩薩さまを眺めていました。
 
3月30日放送の「情熱大陸」で、展示デザイナーの木下史青さんを取り上げていました。
「展示デザイナー」…展示品がよりよく見えるように、配置や照明を総合的にデザインする方です。東京国立美術館が初めて作った役職だそうです。
作品を展示するために、どの角度から見ても、誰が見ても、その作品の持つ魅力を引き立たせるように照明をあてる。幾種類もの照明機材があり、数限りない配置方法があり、これでいいという答えはありません。その中でも、現時点で考え得る最高の照明をあてる。その苦心・苦悩の様子が取材されていました。
風呂上りにテレビをつけたら放送していたので、偶然見ました。そういう仕事があったんだという驚きとともに、そこまで考えて照明をあてているんだということに対する驚きと敬意がありました。今まで何度か国立博物館に行っているのに、そういうことの思いが及ばず、恥ずかしく思いました。
日々の生活の中、目に見えないところ、私の気付かないところに、人々の苦労と努力が満ちているのですね。ありがとうございます。
「情熱大陸」の放送を見ていたおかげで、いつもと違う気持ちで展示を見ることが出来ました。

日光月光菩薩も素晴らしかったですが、高い通路に昇る手前の「聖観菩薩立像」にも引き込まれました。190センチほどの高さで、全体が視野に納まるので、全体的なバランスの美しさを感じました。
展示品の数も、そんなに多くなく、時間をかけてゆっくりと見ることができます。

残念だったのは、携帯のカメラで日光月光菩薩立像を撮ろうとしている人がいたこと。もちろん、場内は撮影禁止です。カメラを構えた人を見つけては、監視の方の注意を受けていました。撮ってしまった人は、データの消去を求められていました。当然です。
思わず写真に収めておきたくなる気持ちはわかりますが、いけないことはいけません。
撮った人も、周りにいる人も、注意した監視の人だって、いい気持ちはしません。せっかく素敵な菩薩様にお会いしているのに、嫌な気分にはなりたくないでしょ。これから行く方、どうぞ写真撮影はご遠慮ください。

2008年4月 2日 (水)

走馬灯のように

用事があって吉祥寺に行きました。用事も済み、吉祥寺LONLONに夕飯の買い物に行きました。
食品街をフラフラ歩いていると、一角に設けられたベンチに、お母さんと3歳くらいの男の子が座っていました。
ふたりはタコ焼きをハフハフしながら食べていました。微笑ましい光景でした。
時間にすると一瞬なのですが、自分にとってはかなり長い時間ふたりを見ていました。

東京では、ご門徒さんのお宅にお邪魔してご法事を勤めるのではなく、お寺でご法事が勤まります。必然的に土・日曜日にご法事が勤まります。ということは、学校が休みの日曜日でも、外に遊びに連れて行ってもらうということがありません。それでも、ご法事・片付けが終わって、ほんの短い時間でも、たとえ疲れていても、母親は私と妹を吉祥寺に連れてきてくれました。
それから今に至るまでのいろいろなことが思い起こされました。泣いてはいないけど、泣けてきました。
楽しかった、きつかった、ありがたかった、つらかった、嬉しかった、悲しかった、頑張ってきてよかった、苦しかった、生きていていいんだ・・・・・・・・・・・・・・・
 
いろいろなことが、一瞬の間に、わたしのからだを埋め尽くしました。
 
涙は出ないけど、涙が溢れ出しました。
 
4月2日、37歳の誕生日でした。

2008年4月 1日 (火)

2008年4月のことば

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  朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて
   夕(ゆう)べには白骨(はっこつ)となれる身なり
          蓮如上人 「白骨の御文(おふみ)」

   
「御文」とは親鸞聖人から数えて8代目の蓮如上人が書かれたお手紙のことです。
蓮如上人の頃、民衆は戦乱や飢饉に苦しめられ、生きる希望を失っていました。そのような時代に蓮如上人は、親鸞聖人の「南無阿弥陀仏と念仏申せば、阿弥陀如来が救ってくださいます」という教えをよりどころとして生きられました。親鸞聖人の教えを伝えるために、蓮如上人はたくさんのお手紙を書かれました。その数は250通を超えます。「白骨の御文」は、そのうちの一通です。
お父さまを亡くされたご門徒から、「白骨の御文」の現代語訳が欲しいと背中を押され、試みに訳しました。先ずはそちらをお読みいただきたく思います。
  
朝には希望に満ちた笑顔を見せていても、夕べにはいのち尽きて帰らぬ人となる。その日は、今日かもしれないし、明日かもしれない。誰が先に往くのか、それも分からない。老いも若いも関係なく、その日はやってくる。このようないのちを、私は生きている。
「白骨の御文」には、人間の無常な姿が痛切なまでに書かれています。「白骨の御文」を読み、なにを想われますか?
限りあるいのちを生きている。だからこそ懸命に生きたいし、人との出会いを大切にしたい。そのように想っていました。しかし、最近違うことを想っています。
 
   ❀ ❀ ❀
 
今年1月、あるご住職が亡くなりました。まだ50代、現役の住職で、教団内だけでなく地域のいろいろなお役目に就かれていました。私も共に仕事をさせていただき、お世話になっていました。
ご住職の訃報が入り、もっと何かできたのではないかと、遅すぎる後悔をしました。
 
   ❀ ❀ ❀
  
先の春彼岸、ご主人のお墓参りにみえた奥さまとお話する機会がありました。
「主人は、副住職のことが大好きでした。副住職とは気が合うらしくて、お寺に行ってお話しするのを楽しみにしていました」
そのように想っていただいて、嬉しかったです。とともに、ご主人とキチンと向き合っていただろうかと、自分に問いました。
 
   ❀ ❀ ❀
 
 もっと語り合いたかった。
 もっと一緒に呑みたかった。
 もっと同じ時間を過ごしたかった。
 もっと何かできたのではないだろうか。
 
関係が近ければ近いほど、人の死は、後悔や自責の波が押し寄せてきます。しかし、仮に亡き人の生前にもっと語り合い、もっと呑み、何かためになることが出来たとして、これでよかったと納得できるものではありません。納得できたとしても一時的なものであり、自己満足にすぎません。それに、納得してしまってはいけません。
 
三帰依文(おしえのことば)に、次のようにあります。
 
  人身(にんじん)受け難し、いますでに受く
  仏法聞き難し、いますでに聞く

 
人として生を受けるということは、有り得ないほど稀なことなのです。にもかかわらず、今、人として生を受け、私がいます。人として生まれるだけでも稀なことなのに、さらにその生において仏法を聞く縁に出会うとは、難中の難なのです。
人生に意味を見出すことが流行っているようです。「なぜ生きるのか」「どのように生きるべきか」
自分を変えるために仏法を求める人がいます。「仏法聞いて清い人間になりたい」「こころの平安を求めたい」
しかし、自分でどうにかしようというのは、傲慢であり、勘違いなのではないでしょうか。いのちは、私の思いでどうにかできるものではないし、どうにかなるものでもありません。
人として生を受けた。仏法聞く縁をいただいた。何億もの人間がいる中で、あなたに会えた。その事実が、私となっています。有り得ない出来事が、私となって生きています。自分でなんとかしようとするのは、まだ何かを求めているのです。しかし、何も求める必要の無いいのちが、私となって生きているのです。
亡きご住職、亡きご門徒に対し、もっと話しておけばと後悔をし、恥ずかしくない生き方をしなければと思っていました。 しかし、根本を見失っていました。
そのご住職に、そのご門徒に会えた。そこに何の不足があるのでしょう。それ以上なにが必要なのでしょう。出会いが、私となっている。出会えたところに満足がありました。
 
     ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 
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西蓮寺門前の掲示板に月替わりで人形を飾っています。
4月の人形は、ちりめんで出来たサクラとウサギの吊り下げ人形です。
桜のガラス細工も置いてあります。
今年は桜の開花が早かったですね。ブログを書いている只今(4月1日)、外は強風です。建物がミシミシいってます。この風で散ってしまうかもしれませんね。もう少し楽しみたかったなぁ。
 
 散る桜 残る桜も 散る桜

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