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2008年4月 1日 (火)

2008年4月のことば

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  朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて
   夕(ゆう)べには白骨(はっこつ)となれる身なり
          蓮如上人 「白骨の御文(おふみ)」

   
「御文」とは親鸞聖人から数えて8代目の蓮如上人が書かれたお手紙のことです。
蓮如上人の頃、民衆は戦乱や飢饉に苦しめられ、生きる希望を失っていました。そのような時代に蓮如上人は、親鸞聖人の「南無阿弥陀仏と念仏申せば、阿弥陀如来が救ってくださいます」という教えをよりどころとして生きられました。親鸞聖人の教えを伝えるために、蓮如上人はたくさんのお手紙を書かれました。その数は250通を超えます。「白骨の御文」は、そのうちの一通です。
お父さまを亡くされたご門徒から、「白骨の御文」の現代語訳が欲しいと背中を押され、試みに訳しました。先ずはそちらをお読みいただきたく思います。
  
朝には希望に満ちた笑顔を見せていても、夕べにはいのち尽きて帰らぬ人となる。その日は、今日かもしれないし、明日かもしれない。誰が先に往くのか、それも分からない。老いも若いも関係なく、その日はやってくる。このようないのちを、私は生きている。
「白骨の御文」には、人間の無常な姿が痛切なまでに書かれています。「白骨の御文」を読み、なにを想われますか?
限りあるいのちを生きている。だからこそ懸命に生きたいし、人との出会いを大切にしたい。そのように想っていました。しかし、最近違うことを想っています。
 
   ❀ ❀ ❀
 
今年1月、あるご住職が亡くなりました。まだ50代、現役の住職で、教団内だけでなく地域のいろいろなお役目に就かれていました。私も共に仕事をさせていただき、お世話になっていました。
ご住職の訃報が入り、もっと何かできたのではないかと、遅すぎる後悔をしました。
 
   ❀ ❀ ❀
  
先の春彼岸、ご主人のお墓参りにみえた奥さまとお話する機会がありました。
「主人は、副住職のことが大好きでした。副住職とは気が合うらしくて、お寺に行ってお話しするのを楽しみにしていました」
そのように想っていただいて、嬉しかったです。とともに、ご主人とキチンと向き合っていただろうかと、自分に問いました。
 
   ❀ ❀ ❀
 
 もっと語り合いたかった。
 もっと一緒に呑みたかった。
 もっと同じ時間を過ごしたかった。
 もっと何かできたのではないだろうか。
 
関係が近ければ近いほど、人の死は、後悔や自責の波が押し寄せてきます。しかし、仮に亡き人の生前にもっと語り合い、もっと呑み、何かためになることが出来たとして、これでよかったと納得できるものではありません。納得できたとしても一時的なものであり、自己満足にすぎません。それに、納得してしまってはいけません。
 
三帰依文(おしえのことば)に、次のようにあります。
 
  人身(にんじん)受け難し、いますでに受く
  仏法聞き難し、いますでに聞く

 
人として生を受けるということは、有り得ないほど稀なことなのです。にもかかわらず、今、人として生を受け、私がいます。人として生まれるだけでも稀なことなのに、さらにその生において仏法を聞く縁に出会うとは、難中の難なのです。
人生に意味を見出すことが流行っているようです。「なぜ生きるのか」「どのように生きるべきか」
自分を変えるために仏法を求める人がいます。「仏法聞いて清い人間になりたい」「こころの平安を求めたい」
しかし、自分でどうにかしようというのは、傲慢であり、勘違いなのではないでしょうか。いのちは、私の思いでどうにかできるものではないし、どうにかなるものでもありません。
人として生を受けた。仏法聞く縁をいただいた。何億もの人間がいる中で、あなたに会えた。その事実が、私となっています。有り得ない出来事が、私となって生きています。自分でなんとかしようとするのは、まだ何かを求めているのです。しかし、何も求める必要の無いいのちが、私となって生きているのです。
亡きご住職、亡きご門徒に対し、もっと話しておけばと後悔をし、恥ずかしくない生き方をしなければと思っていました。 しかし、根本を見失っていました。
そのご住職に、そのご門徒に会えた。そこに何の不足があるのでしょう。それ以上なにが必要なのでしょう。出会いが、私となっている。出会えたところに満足がありました。
 
     ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 
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西蓮寺門前の掲示板に月替わりで人形を飾っています。
4月の人形は、ちりめんで出来たサクラとウサギの吊り下げ人形です。
桜のガラス細工も置いてあります。
今年は桜の開花が早かったですね。ブログを書いている只今(4月1日)、外は強風です。建物がミシミシいってます。この風で散ってしまうかもしれませんね。もう少し楽しみたかったなぁ。
 
 散る桜 残る桜も 散る桜

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