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2008年3月21日 (金)

こころのまよい

今日のお尋ね
「副住職、お内仏(お仏壇)のお線香って、何本が正しいんですか? 私、いつも2本火を点けてたんです。そうしたら、友達が、「2本は迷い線香だ」って言うんです。そうなんですか? 副住職!!」
 
先ずは答から。
何本でもかまわないんです。1本でも、2本でも、3本でも…。
迷い線香と言われたのは、お線香の煙が2本立ち昇り、亡き人がどっちに行っていいのか迷うという迷信からきているかと思います。
何本点けようが、地獄に堕ちたり、逆に、天に昇ったりなんてことは、一切ありません。気にしないでくださいね。
お内仏で、お線香に火を点けるということは、手を合わせ、「南無阿弥陀仏」とお念仏申していることと思います。それで充分なのです。何も気にすることはありません。(昨日の文もご参照ください)。
 
会話の内容
「何本でもいいんですよ。香炉の形に合わせて、お線香を折って、火を点けて、香炉に寝かせてください」
 
「えっ、折って、寝かすんですか!!」
 
「はい、お線香は立てないでくださいね」

「今まで立ててました。どうしてですか?」

「火が点いたお線香を立ててたら、もしも倒れたときに危ないじゃないですか」
 
「そういうことなんですか」
 
「はい^^ 火の点いた方を左にして、香炉にお線香を寝かせてくださいね。お線香は何本でもかまいませんから」
 
「わかりました。ありがとうございます」 
 
 ☆ ☆ ☆
 
いつも思うんですけど、なぜ「これをやったらダメ」とか「こうしなければ先祖が迷う」とか言うのでしょう。言っている方は親切心かもしれませんが、人を不安にさせて、そんなのは親切でもなんでもありません。
お彼岸やお盆のときは、住職や私と話す機会なので、不安な顔をされた門徒さんから、いろいろと質問をされます。
 お線香の本数
 仏花の種類
 ご法事は命日の前にしなければいけないのか
 不幸が続くのは、先祖が迷っているのか
 誰も亡くなってないのに、お墓を買ってはいけないのか
 日の良し悪し・方角の良し悪し、などなど
 
先ずお伝えしたいことは、なにも迷うことはありません。
儀式作法として、形式や守らなければならないことはありますが、だからといって「あれをしたからダメ」「あれをしなければダメ」なんてことはなにもありません。どうぞ迷わないでください。
仏事の、「これはどうしたらいいんだろう?」ということや、
「こういうことを言われてしまったけれど、どうなのですか?」ということがありましたら、
お尋ねください。
迷わないでください。なにか言う人がいたとしても、なにも心配はいりませんから。
 
お線香は、お浄土の香りを表わしています。
煙の本数は気にする必要はありません。

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コメント

かつさん、お久しぶりです。
ずいぶんと春めいてきて気持ちのいい季節になりました。

お彼岸や法事の時、亡くなった人を思う心があればそれが一番だと思うのに
人が集まる時は複雑な思いが重なって、相変わらず面倒なことが多いです。

悲しいことがあっても、それと同じくらい楽しいことやうれしいこともあって
だからがんばって生きていけるのだと思っています。


本日はお彼岸のお参りをさせていただき、ありがとうございました。20日の記事を読むと、私は寒くて雨が降っているからとお参りを後日に回した落第者のようです。家で炬燵に入っていました。慙愧! でも、きょうの天気は気持ち良かったです。朗らかな気分でお参りをさせていただきました。

☆manatsuさんへ
お久しぶりです。
心地よい気候、こころもからだも目覚め始めた感じです。でも、花粉症が…。
 
亡き人を思う気持ち、自分ひとりや家族で大事にしたいのに、そうはさせない存在もいることは事実です。哀しいですね。
 
でも、manatsuさんのおっしゃるとおり、
「悲しいことがあっても、それと同じくらい楽しいことやうれしいこともあって
だからがんばって生きていけるのだと思っています」
そう思います。
 
面倒なことだけに気持ちを取られていては、もったいないです。温かいこころを大事な人に向けてあげてください。そうすれば、いつもあたたかです。
 

☆やすさんへ
ご家族でお彼岸のお参り、ありがとうございます。
いえいえ、やすさんが“落第者”ならば、寺にいながら、うちのお墓のお参りを忘れていた私は“問題外”です。
いつお参りにみえても、尊いのです。それだけに、お参りにみえる方々をみて、感動するのです。
悩みがあって、思いつめてお墓参り(亡き人に相談?)にみえる方もいらっしゃいますが、
お墓参りにみえる方の多くは、いい顔をしてらっっしゃいます。楽しそうなお顔を。亡き人を通して、阿弥陀さまに出会ってらっしゃるのだと思います。

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