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2008年3月16日 (日)

人との会話の中でこそ、感じることがあります

今月のことばが浮かんだのは、毎月参加させてもらっている、お仲間のお寺の仏教青年会での会話がきっかけです。
 
「最近、友達が『楽したいなぁ』って言うんですよ」
「楽はさぁ、苦しいんだよ」
「そうですね‼」
「でも、つらいのに楽しいときってあるよね」
「つらいからこそ楽しさを感じるんだと思います」
「そうだねぇ」
 
だいぶ かいつまんでますが、このような会話がありました。
「楽は苦しい」
この表現に、頭を叩かれたような気がしました。“楽”までは求めなくても、ホッとしたいなとか、仕事を全部終わらせたいなって思うことはあります。でも、ホッとした状態のままだったり、仕事が全部片付いて、なにもすることがないままだったりしたら、不安になることでしょう。
楽は苦しい…矛盾するようだけど、そうではない。
そういう思いを表現しようと思って、3月の「ことば」を造って、「文章」を書きました。
 
「ことば」を考えるのは悩みました。
楽と苦を対比させようとして、
  楽は苦しい
  苦は楽しい
なんてところから考え始めたけど、それは表現したいことと違うなぁ…とか考えて、たどり着いたのが
  楽を求めて苦しみに陥る
  苦しみを生きる中で 楽しみに出遇う

です。もう少し練り上げたかったのですが、タイムオーバーでした。

「あう」という字を「遇う」と書きました。
「遇う」には、なかなかあえないこと、あいがたいこと、といった意味が込められています。
「苦しみを生きる中で 楽しみに出遇う」と言われても、やっぱり「苦」はつらいです。逃げたいです。でも、逃げていては、「楽しい」って感じることはできないです。苦しみから逃げないなかで、楽しみが見えてくると思うのです。
「楽しみ」と表現してしまうと、「楽(らく)」と同義に捉えられてしまう恐れもあるので悩んだのですが、「私を守っているはたらき」「いまのままでいいんだ、という安心感」もっと言ってしまえば「阿弥陀さま」…そういう想いを込めました。
そのような「楽しみ」とは、なかなか出遇えないのかもしれませんが、でも、誰もが出遇えると、私は信じています。生きている中で。

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