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2008年3月19日 (水)

もっとお話したかった

「副住職、亡くなった主人は、副住職とお話するのが好きだったんです。厳しい人でしたけど、副住職とは合うらしくって、お寺に行く日は、副住職とお話をするのを楽しみにしていました。入院中も、副住職と話がしたいって申してました」
 
お参りにみえた奥様に、そのように声をかけていただきました。とても嬉しいことです。
そのご主人は、元気な頃は聞法会にもお出かけいただいていました。
ご自身の体調もすぐれないのに、肝機能障害でダウンした私のことを気遣ってくれました(もう7、8年ほど前の話です)。
ご自身の身にもつらい出来事があったのに、私の身におきた出来事を、自分のことのように哀しんでくれました。
 
またお会いしたいなぁ。
またお話したいなぁ。
でも、当然無理なことです。
 
でも、たとえ 沢山お話していたとしても、亡くなられたら「もっと話しておきたかった」という後悔はつきもの。
これだけ話したからもう充分ってことはない。
だけど、「もっと話しておきたかった」と思える人との出遇いがあった。
その事実だけでも充分なんだなぁ。お遇いできてよかったです。ありがとうございます。

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