環境のせい
環境が悪いと言うけれど、果たして環境は悪いのか。
今、私がいる環境。
私が今いる環境に至るまで、多くの出来事が積み重なってきた。
人々の様々な想いが込められている。
多くの努力の結晶でもある。
自分が生活する環境を、わざわざ悪くしようと試みて悪くする人はいないだろう。
良くしよう良くしようという想いの結晶なのだと思う。
結果、今、私がいる環境。
今だけを見ていると、愚痴を零したくもなるだろう。
他をうらやむ想いも湧くことだろう。
しかし、今、私がここに存在している背景に想いをめぐらしたとき、愚痴を言うのは傲慢な気がする。
たとえば、地球の温暖化をなんとかしようと躍起になっている。
しかし、今の環境が悪い方に向かっているから良い方向に向かわせようというのは、
今までの歩みを無視してしまうことになる。
出来事(歴史)を、想いを、努力を、踏みにじっているようなもの。
今、私がいる環境。
それは、私が望んだ環境。
良いときはそのままで。
悪いときは良い方向に。
きっと、また悪い方向に進むことだろう。
環境のせいにしている人は、人生の暗闇を彷徨い続けることだろう。
暗闇を彷徨っていることにすら気づかないままで。
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コメント
バランスの問題でしょうか?
言葉のバランス
自然環境のバランス?
種として生態系ピラミッドの下も上も中も
絶滅したら、目に見えぬ影響は
目に見えた時は多方面回復不能
2酸化炭素ー税問題としては問題です
人間側の勝手な都合ですから。
原生林ー熱帯林・タイガが減っいる
これも、又問題
環境を試練、鍛練としてバランスとして考えれば
木が成木するのに、10年~50年
中には、屋久杉みたいなものもありますね。
今年は、秋として感じる期間が少なかったです。
いきなり、冬、小春日和とかね
実りの秋 どうなるでしょうね。
投稿 無知tanuki | 2007年11月30日 (金) 08:45
☆tanukiさんへ
「絶滅したら、目に見えぬ影響は
目に見えた時は多方面回復不能」
気付いたときのは遅すぎたというやつですね。
そんなことばっかりです。
早く結果を求める…現代人の悪い癖です。
自然界は、何十年何百年何千年ってスパンで変化しているのに。
温暖化防止の成果も、長い目で見なければいけませんね。
投稿 かつ | 2007年12月 6日 (木) 02:00