味は変わらないけれど、
レストランで何を注文しても、人が頼んだもののほうが絶対によく見える。
ポーリーナ・ボース―ク
正しい選択・間違った選択があるわけではない。
ただ、なにを選択したとしても、迷いはつきもの。
自分が注文したものに納得できたとしても、
いつまでも同じものを頼み続けることもできない。
いつか飽きてしまう。
人のものがよく見えるのも、
迷うのも、
飽きるのも、
わたしのこころ
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コメント
飽きないものがありますネ。お念仏です。
本日は東京聞光学舎でお会い出来て嬉しかったです。先生のお送り、ご苦労様でした。先生のご講義は凄い迫力がありますね。「坂東本」や「六要鈔」まで持ち出さないと、祖聖の真意になかなか迫れないことを痛感させられました。これらを一般門徒が目にすることは出来るのでしょうか?
投稿 やす | 2007年10月16日 (火) 22:59
度々済みません。
既にご存知かも知れませんが、「六要鈔」の電子データを下記サイトより入手出来ました。大谷派寺院のサイトです。漢文だけでなく読み訓しも行なわれているので、読みやすいです。「信巻」の冒頭に、本日の講義で重要だった「序」についての教説が記されています。ナントナク満足!
http://www.biwa.ne.jp/~takahara/shoka_0.htm
投稿 やす | 2007年10月17日 (水) 00:00
☆やすさんへ
いつもと違う聞法の場で出会う。新鮮な感じがしました。あの会に来ている方々は、他の会でもお会いします。聞法の有り難さを感じます。
先生を東京駅までお送りする時間、とても贅沢な時間を頂戴しているんだって思います。
覚如上人に対し、留守識の継承のゴタゴタで感情的に見られてしまうけれど、そこを超えた見方をしなければいけないと仰られていました。
お話の内容もさることながら、ものの見方は一点だけではないことを、いつも教えていただいています。
「六要鈔」データサイトのご紹介、ありがとうございます。思うに、「六要鈔」を読んだ記憶がありません。読ませていただきます。
飽きないもの…お念仏
南無阿弥陀仏の方が、衆生を飽きずに見守ってくださっているから。
投稿 かつ | 2007年10月18日 (木) 05:22