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2007年10月11日 (木)

笑顔

親鸞聖人が大切にされたお経『大無量寿経』。これこそ真実の経であると、聖人は言われます。
それはなぜでしょうか。
  
『大無量寿経』には、これから教えを説こうとする釈尊のお姿が描写されています。
釈尊の姿は喜びに満ち溢れていました。
釈尊随従の弟子の阿難さんが、いつもと違う釈尊にお姿に驚き、問われます。
「お釈迦さま、今日はどうなさったのですか?」
いつもと違うことに弟子の阿難さんが気づいたことを、お釈迦さまはとてもうれしく感じました。
「阿難よ、よく気づいて問うてくれた」
と、阿難さんを褒め、釈尊は教えを説かれました。 釈尊のお顔は「光顔巍巍(こう・げん・ぎ・ぎ)」と清らかに光り輝いていました。

この釈尊と阿難さんの会話を以て、親鸞聖人は『大無量寿経』こそ真実の経であるといただかれました。
非論理的な理由に思われるかもしれませんが、親鸞聖人にとっては、これ以上ない明確な理由です。
 
前回の文章で、 「笑顔の背景には、どんなにつらいことがあったことでしょう」ということを書きました。
「笑顔」とお釈迦さまの「光顔巍巍」としたお姿を一緒にするのも極端な話かもしれませんが、
でも、
その背景にはどれほどの苦悩があったことでしょう。
その笑顔に、光顔巍巍としたお姿に出会ったならば、きっと私たちも笑顔で人生を送れるのだと思います。
 
人生、
自分の思い通りになったら、
幸せになったら、
便利になったら、
笑顔が満ち溢れるのかと思ったら、無表情になりました。
 
人生、
自分の思う通りにならないってところに腰を落着かせたら、
今が幸せなんだなと気づけたら、
不便でも生きるのになにも困らないなぁって思えたら、
困った顔になるのかと思ったら、笑顔になりました。
 
今以上なにも望む必要もない。満ち足りているのだから。

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コメント

地震被災地へのボランティア、ご苦労様でした。
念仏は「自体満足」の境界ですね。

☆やすさんへ
ボランティア
足りないことを知る、
足りないものを欲するのではない。
すでに足りていることを知る。
そのようなことを気づかせていただくご縁をいただきました。
ありがたいことです。
南無阿弥陀仏

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