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2007年9月20日 (木)

今日から秋のお彼岸です

「彼岸」について
暑かった夏。いかがお過ごしでしたか? お疲れ出ていませんか?
夏が過ぎ、秋のお彼岸を迎える時期になりました。お彼岸やお盆には、大勢の方がお寺参りにみえます。亡き人を慕い、 本堂の前や墓前で、手を合わせる。尊いお姿です。
 
春分の日と秋分の日を中日とした一週間を「彼岸」と言います。サンスクリット(インドの言葉)の「パーラミター」(意味:超える・渡るなど)が中国で「到彼岸」と訳され、日本に伝わり「彼岸」となりました。
「彼岸」は浄土の世界。「西方浄土」と表現されるように、浄土は西にあるという思想が、なぜか日本では強いです。太陽が真西に沈む春分・秋分の日に、日の沈む方角を見て、「あぁ、あの方角にお浄土があるんだ」と、私たちが生活している「此岸」から、浄土の「彼岸」を臨み、手を合わせるようになったのだと思います。私たちは、自分では意識していないけれど、阿弥陀如来の浄土へ生まれることを願っているのです。
「彼岸」とは、「彼の岸」へ「渡る」ということです。では、どこから渡るのでしょうか。「此岸」です。「此岸」とは、私たちが 生きている この迷いの世界です。「彼岸」は、さとりの世界・浄土の世界です。「此岸」から「彼岸」へ、迷いの世界からさとりの世界へ渡るのです。
そこで、彼岸に渡るために(浄土に生まれるために)、「六波羅蜜(ろくはらみつ)」という修行(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若)を努めます。しかし、生死の苦海に沈む我らには、それらの修行を尽くせません。そのような私たちに、彼岸(浄土)の阿弥陀如来は、此岸の衆生を救いたいと願いをかけられています。彼岸から此岸に、救いの声(弥陀弘誓のふね)が響いている。その声が届いているからこそ、「南無阿弥陀仏」と、手が合わさるのです。
 
お彼岸は、亡き人を偲ぶ仏教週間ではなく、自分自身を見つめなおす大切な時間。
「ちょっと立ち止まって、自分の歩みを確かめてごらん」。亡き人からご縁をいただいて、自分を見つめなおす時間をいただいているのです。それが「お彼岸」。
お墓参りに行く際に、「車混んでるなぁ!!」なんて、イライラしていませんか?
 
 
註:お寺の新聞「ことば こころのはな」の裏面をアップしました。

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