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2007年9月

2007年9月30日 (日)

のどもと過ぎれば

今日、東京は朝から雨でした。
一日中降り続いていました。
気温も低く、とても寒かったです。
長袖のシャツを着てました。
 
あんなに暑がっていたのに、
体力を消耗するほど暑かったのに、
イライラするほど暑かったときもあるのに、
「暑い」という字を、わざと「熱い」と書くほど暑かったのに、
 
今日は寒いねってふるえてる。
寒いのは嫌だなってつぶやいてる。
あの暑さが懐かしいって思い出してる。
 
あぁ、勝手な私
 
この寒さはとりあえずこの2,3日のことで
また暑さが戻ってくるらしい。

そしたら言うんだろうな
「暑い!!」って。

2007年9月23日 (日)

意巧にきく物

西蓮寺境内の掲示板
Dscf0810
自分の思いどおりにしようとしたら孤独になる
                         鈴木 章子
 
このことばを眺めていた方がポツリと、
「これって、○○さんのことだなぁ」
   
いえ いえ、“私”のことですからね!!
誰かを想像してしまうのは分かりますが、おしえのことばは、“私”を映し出す鏡です。
 
☆  
   
一 前々住上人、御法談已後、仰せられ候う。四五人の御兄弟へ仰せられ候う。「四五人の衆、寄り合い談合せよ。必ず、五人は五人ながら、意巧にきく物なり。能く能く談合すべき」の由、仰せられ候う。
                       (蓮如上人御一代記聞書120)

蓮如上人はおっしゃいました。 
「ご法話を聞いた後、聞いたおしえについて語り合いなさい。おしえは、それぞれが自分の都合のいいように聞いてしまうものです。聞いた人の数だけ理解があります。おしえについて、自分の了解だけで満足せず、聞いた人が集まって、よ~く語り合いなさい」 

2007年9月21日 (金)

若きとき仏法はたしなめ

病気・怪我・事故などが続くと不安になるのは分かります。
が、べつに何かが憑いているわけではありません。
生きていれば、病気にもなるし、怪我もするし、事故に遭うこともある。
 
「お祓いしてください」
「うちではお祓いはやってないんです」
「あぁ、そういう宗派でしたね」
 
宗派(おしえ)がそうだから、私もそれに従うっていうものではありません。
身の事実をそのまんま受け止める。そういう生き方をしてきた人がいる。その人々が よりどころ にしてきたおしえが浄土真宗だった。
おしえに身を、考え方を合わせていたら、自分に都合の良いものを選び取ることになります。
阿弥陀さまから既に与えられているおしえなのに。 
 
「ことば こころのはな」9月の文章に感想をいただきました。
「信心を得た人が木片と遭遇するのなら、阿弥陀さんの救いは人を選ぶことになりますよね」
 
なるほど、そういう読み方もできますね。しかし、
木片は、阿弥陀さんを信じた人に現われるものではありません。誰もが今、現に、木片を よりどころ としてプカプカ浮いているんです。自分では気づいてないだけで。
  
聞法(おしえを聞く)しても、病気・怪我・事故を避けられるわけではない。聞法していても、病気・怪我・事故に遭うときは遭うし、悪い心が芽生えるときだってある。
でも「聞法しろ、聞法しろ」と勧めるのは、木片の存在に気付いてほしいから。
私は、この娑婆世界を溺れているのではない。木片につかまりながら必死で生きている。
 
溺れるものは藁をもつかむというけれど、病気・怪我・事故に遭ってから おしえ をもとめても、厄を祓いますよと言うおしえとは言えないおしえにつかまり、ブクブクと沈んでいくことでしょう。
普段から法に出遇っていると、やはりその時(病気・怪我・事故に遭った時)は慌てるだろうけど、ブクブク沈むことはない。慌てて藁をつかむことはない。「あぁ、木片があったんだ!」って思えるから。
 
「お祓いはしてませんが、聞法会をやってますから、お出かけください」
そのようにお勧めいたしますが、来てくださった方はいまだかつておりません。 

2007年9月20日 (木)

今日から秋のお彼岸です

「彼岸」について
暑かった夏。いかがお過ごしでしたか? お疲れ出ていませんか?
夏が過ぎ、秋のお彼岸を迎える時期になりました。お彼岸やお盆には、大勢の方がお寺参りにみえます。亡き人を慕い、 本堂の前や墓前で、手を合わせる。尊いお姿です。
 
春分の日と秋分の日を中日とした一週間を「彼岸」と言います。サンスクリット(インドの言葉)の「パーラミター」(意味:超える・渡るなど)が中国で「到彼岸」と訳され、日本に伝わり「彼岸」となりました。
「彼岸」は浄土の世界。「西方浄土」と表現されるように、浄土は西にあるという思想が、なぜか日本では強いです。太陽が真西に沈む春分・秋分の日に、日の沈む方角を見て、「あぁ、あの方角にお浄土があるんだ」と、私たちが生活している「此岸」から、浄土の「彼岸」を臨み、手を合わせるようになったのだと思います。私たちは、自分では意識していないけれど、阿弥陀如来の浄土へ生まれることを願っているのです。
「彼岸」とは、「彼の岸」へ「渡る」ということです。では、どこから渡るのでしょうか。「此岸」です。「此岸」とは、私たちが 生きている この迷いの世界です。「彼岸」は、さとりの世界・浄土の世界です。「此岸」から「彼岸」へ、迷いの世界からさとりの世界へ渡るのです。
そこで、彼岸に渡るために(浄土に生まれるために)、「六波羅蜜(ろくはらみつ)」という修行(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若)を努めます。しかし、生死の苦海に沈む我らには、それらの修行を尽くせません。そのような私たちに、彼岸(浄土)の阿弥陀如来は、此岸の衆生を救いたいと願いをかけられています。彼岸から此岸に、救いの声(弥陀弘誓のふね)が響いている。その声が届いているからこそ、「南無阿弥陀仏」と、手が合わさるのです。
 
お彼岸は、亡き人を偲ぶ仏教週間ではなく、自分自身を見つめなおす大切な時間。
「ちょっと立ち止まって、自分の歩みを確かめてごらん」。亡き人からご縁をいただいて、自分を見つめなおす時間をいただいているのです。それが「お彼岸」。
お墓参りに行く際に、「車混んでるなぁ!!」なんて、イライラしていませんか?
 
 
註:お寺の新聞「ことば こころのはな」の裏面をアップしました。

2007年9月12日 (水)

う・つ・く・し・い・く・に

に・く・い・し・く・つ・う
    
     だったのかなぁ

2007年9月11日 (火)

9.11

お内仏(お仏壇)で、阿弥陀さんに向かって、仰ぎ見て、手を合わせて、目をつむって、「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」とお念仏。
 
9.11だからってわけではないけれど、自然と体がそのように動きました。
お内仏、ございますか? 
お内仏は一家に一台あるべきものです。
そんな話をしていたら、お他宗の方が仰いました。
「お仏壇は、長男の家にあるから、うちにはありません。だって、兄弟みんながお仏壇を持っていたら、仏さんがどこに行けばいいのか迷ってしまうでしょ」
 
あぁ、そういう考え方なのか。
私は、お仏壇は一家に一台って、仏教諸宗、みんな勧めているものだと思ったのでビックリしました。
迷う…さて、誰が迷っているのでしょう?
  
あるおばあさんが仰いました。
「子どもが家を新築したので見に行きました。そしたら、仏間がないんです。当然お仏壇もありません。私は、息子に言いました。『お内仏がなくて、子育てが出来るか!!』って」
お内仏に手を合わせる親の姿を見て、子は育つ。「こうするんだよ」なんて、わざわざ言わなくても、子どもは親の姿から学ぶ。学び学ばれ、継承されていく。それが伝統。
 
お内仏は、亡き人の落ち着き場所ではありません。
なにもないところに手を合わせづらいものです。お内仏があるおかげで、手も合わさる。愚痴をこぼしたっていい。迷っている私に気づかせてもらうところ。私の生き方を見つめさせていただくよりどころ。
 
9.11のテロからもう6年。
この6年間、何をしてきただろう。何を見てきただろう。
何もしてないのかもしれない。何も見えてないのだから。

2007年9月 9日 (日)

無慙愧は名づけて人とせず

路上でなにかしらのいざこざで口論となり、カッとなって相手を刺してしまう。自分が持っていたナイフで。
そんな事件をたまに耳にしますよね。
 
さて、なんでナイフなんか持ち歩いているのでしょうか?

「世の中物騒だから、護身用です」

…護身用じゃないじゃん
 
はじめは護身用のつもりだったのかもしれない。でも、カッとなって刺してしまう。もはや護身用ではありません。
持っていると使いたくなる、使ってしまうのがヒトというのもです。
 
核も同じこと。
 
なんで核なんか保有してるの?
 
「世界が不安定だから、抑止のためです」
 
…ぜったい抑止じゃすまないな
 
ナイフの場合は、もし誰かを刺してしまったら、その感触は自分の手に残る。こころに残る。いつかきっと後悔や懺悔の気持ちが起こるに違いない(だといいけど)。
核の場合は、誰かさんがボタンをポチっと押すだけ。自分があらゆる生き物を殺めてしまったという気持ちも芽生えないことでしょう。ということは、後悔や懺悔の気持ちだって感じない。
もはや、人ではありません。
 

2007年9月 7日 (金)

感じ動かされる

ちょっと前のことですが、
8月26日(日)信光寺聞法会にて
講師:清谷 真澄先生

『感動禁止!』(八柏 龍紀著)という本を紹介してくださいました。
今、巷では感動があふれている。演出された感動が。
テレビや新聞は感動や涙を押し付け、感動を商品化している。
見る側も感動を求め、演出された感動を買い求め、消費している。
「感動」とか「勇気をもらう」などということは、そもそも個人の感情におとずれるものであったはずである。それが、多数を対象に押し付けられている。
「感動させよう」という意図と「感動させてくれ」という欲求が交錯している。
感動を求める方は、感動させてくれないものに対してすさまじいほどの裏切りの感情をもつ。「感動させてくれなかった」と。まさに人間のエゴである。
(聞法会中に書き取ったメモより)
 

  
このブログで、前回「世界陸上」に触れて書いたので、清谷先生のお話を思い出していました。
選手は、記録のため、自分のため、家族のため、いろいろな想いで日々鍛錬しています。そのような選手どうしが競い合う。その姿を見ていれば、自然にこころの奥底から湧いてくるものがあるはず。何かしら感じるものがあるはず。「感動」を押し付けもせず、要求もしない。個人的に湧き起こる感情を大切にしたいですね。
 
「世界陸上」が終わったと思ったら、もう「北京オリンピック」での感動を求めている新聞記事を読みました。
そんなに感動に飢えているのですか?

2007年9月 4日 (火)

広く 深く

世界陸上、見るとはなしに、けっこう見てました。
気になった、マスコミの報道の見出し。

男子4×100メートルリレー
「日本男子、日本記録更新したけれど5位。メダル逃す」
というような見出しが目についたけれど、
「メダル逃がすも、予選・決勝と日本記録更新」
という見方もできる。
 
女子マラソン
「土佐、日本初のメダルも銅メダル」
というような見出しが目についたけれど、
「銅メダル獲得!! 土佐礼子」
って素直に喜びたい。
 
「日本勢不調。北京オリンピックに向け課題山積」
という言い方をする人もいるけれど、
「世界相手に戦えるようになってきた日本勢」
という見方もできる。
 
そもそも、超一流が集まる大会で、メダルがホイホイ取れるわけがない。それなのに、大会前からメダルの皮算用をして、メダルが取れなかったらどんな記録も価値がないように言い放つ。
どのような見方をするか。その見方しだいで、腹立たしくもなるし、楽しくもなる。
 
日常だって同じこと。
交通機関、ちょっと時間が遅れれば、「なにやってんだ」。
ここからあそこまで、自分の行きたいところに運んでくれる。それだけで有り難いことなのに。
 
ご飯食べに行って、頼んだものが出てくるのがちょっと遅いと、「遅いじゃないか」。
お店は混んでませんか? お店の人、忙しくしてませんか? 自分のことだけ考えずに、場の雰囲気も感じようよ。自分が食べたいものを作ってくれる。それって贅沢なことだと思う。
 
子どもの成績の見方もそう。
点数だけで子どもを見てないだろうか。いや、子どもを見ているつもりが、点数をみていないだろうか。あなたの子どもは数字ですか?
 
物事どこから見るか。どんな見方をするか。
見方を変えるだけで、見えるものはまったくまったく違ってくる。
狭く生きていませんか? 世の中もっと広いです。
限られた時間を生きる人生。同じ時間を生きるなら、広く、深く生きたい。

2007年9月 1日 (土)

2007年9月のことば

   Dscf0749
     生死(しょうじ)の苦海(くかい)ほとりなし
     ひさしくしずめるわれらをば
     弥陀弘誓(みだぐぜい)のふねのみぞ
     のせてかならずわたしける

          親鸞聖人「龍樹和讃」
   
  
生死をはじめとする迷いや苦しみは
まるで海のように際限がありません
その苦しみの海に、
常に沈み、常に没している私たちを
阿弥陀如来の本願の船だけが
乗せて
必ず安楽浄土へ渡してくださいます

       ☆ ☆ ☆
 
荒れる闇黒の大海原は私を包み込む。その闇黒から必死で逃れようとする私。
逃れようとする私に、波は容赦なく襲いかかる。波に打たれ、海原に沈みゆく私。どんなに沈んでも底がない。いったいどこまで沈むのだろう。いったいどれだけ深いのだろう。深さは、底に着いたときに感じるのではなく、その只中にあって感じるものなのかもしれない。
苦しい。海上に出ようと、急いで浮かび上がる。沈んでは浮かび、漂い。そしてまた沈み、また浮かび…。
    
漂っていると、晴れ間が見えるときもある。「あぁ、やっと明るくなった」。波ひとつ立たない穏やかな海。海と一体となり、この身をまかせる。いつまでもこのままでいられたら…。しかし、やがて波が立ちはじめ、辺りは暗くなっていく。海がまた漆黒の闇へと変わる。
 
漂っていると、目の前に浮き輪が流れてきた。慌ててしがみつく。「あぁ、助かった」。このまま浮き輪に身をまかせ、いつまでも浮かんでいたい。しかし、浮き輪の空気は徐々に抜けていく。空気が抜け切ったとき、私はまた闇黒の海原に放り出された。
 
漂っていると、小島を見つけた。「今度こそ助かった」。陸にあがり、大地を踏みしめる。今度こそ、安住の地を見つけた。いつまでも、この小島で生きていこう。しかし、小島は徐々に浸食していた。小島は徐々に削られていく。安住の地と思った小島も、いつまでもあるものではなかった。浸食が進み、私はまた大海原に投げ出された。
   
目の前の楽は、儚く消えてしまう。いつまでも続くものではない。しかし、続かないのは、実は私の満足心だった。思いがけない晴れ間に、浮き輪に、小島に、私は安心を得た。それなのに、いつしか物足りなさを感じていた。晴れ間が当たり前なんだ。浮き輪よりも良いものがあるはずだ。小島よりも良いところがあるはずだ、と。
  
荒れる闇黒の大海原の正体は、この私であった。波が収まることもあるだろう。暖かな日が射すこともあるだろう。浮き輪や小島、頼りとするものが見つかることもあるだろう。しかし、そこに満足できない私は、また荒れた大海原に自ら飛び込む。
 
荒れる海原を漂っていると、ある日、何かが私に当たった。「今度はなんだろう?」
正体は木片だった。どこから流れてきたのだろう。見渡す限り何もない。この大海原で、小さな木片が私に当たる不思議。
こんな小さな木片に身を任せたところで、沈んでしまいそうだ。なんの頼りにもならぬと、気にも留めない私。
その木片こそ、私を救うために流れてきたのだった。頼りにならぬものと放ってしまう私。その私を、木片は見捨てない。
あなたを救いたい。木片は、この私に届いた阿弥陀如来の願い。阿弥陀の願いは、決して人を選ばない。決して人を嫌わない。決して人を見捨てない。
闇黒の海原で、その願いが見えなくなってしまっている私。木片は、私を彼の岸に必ず渡してくれる。一生を共にしてくれる法(教え)。
  
木片を手に入れても、闇黒の大海原は、闇黒の大海原のまま。弥陀の願いに救われて、この闇黒の大海原が、波ひとつなく澄み渡り、快晴の海に変わるのではない。
「弥陀弘誓のふね」とは、すべての衆生が乗れる堅固な豪華客船ではない。私一人つかまるのがやっとの木片。しかし、沈まない。しかし、枯れない。しかし、私を見捨てない。必ず私を浄土へ導く。
闇黒の大海原で、木片につかまる私。木片に身を任せる決心をしたとき、目の前に、彼岸(阿弥陀如来)が見えてくる。
「南無阿弥陀仏」
       
☆ 
   
Dscf0743
掲示板、9月の人形は、月に座って見つめあうウサギです。
2007年は9月25日が中秋の名月 (十五夜)だそうです。

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