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2007年8月17日 (金)

根無しの平和

「戦争反対!! 平和な世の中を!!」
と言うけれど、本当に望んでいるのだろうか。願っているのだろうか。
本当に望んでいて、今の日本の状態になるのだろうか。
  
平和、平和というけれど、今叫んでいる「平和」って、
今の状況を「平和」と言っているだけではないだろうか。
今の状況が続けばいい。自分さえよければいい。
 
戦後叫ばれ続けてきた「平和」は、戦争をふまえた「平和」。
「平和」ということばの背景に、二度と戦争を起こしてはならないというこころの底からの叫びがあった。願いがあった。
「平和」に根っこが生えている。
各々の持つ「平和」の想いが、大地でつながっている。
  
今叫ばれている「平和」は、快適な環境が続いて欲しいという「平和」。
自分の身の回りの環境さえ、自分に都合がいいように整ってくれたらいいという「平和」。自分さえよければいいという「平和」。
「平和」に根っこがない。
フラフラしていて、すぐに枯れてしまう。

自分だけがよくても、そんな「平和」は長続きしない。
いや、「平和」と勘違いしているだけで、そんなのは「平和」ではない。

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コメント

かつさん、こんばんは
確かに、学んでも、なかなか
言葉に出来ないですね。私
和をもって貴しとなす
でしたか?
平和の前に、平らな和
という根っこを成す平成
なのでしょうね。

☆tanukiさんへ
聖徳太子ですね。
「和(わ)をもって貴しとなす」
と、よく言われますが、
「和(やわ)らかなるをもって貴しとし、」
と、読むようです。

「和(わ)」だと、みんなで仲良く的な、他に問うような気がしますが、
「和(やわらか)」だと、自分に問うているような気がします。
(って、私がそう思うってだけの話ですが)

和(やわ)らかなるをもって貴しとし、
忤(さか)うること無きを宗(むね)とせよ。

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