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2007年8月

2007年8月31日 (金)

見えていない苦悩

苦悩がなくなることが救いなのだろうか?

今、これだけ苦しんでる。
今、これだけ悩んでいる。

自分で認識できることが、救いかもしれない。
だって、自分で認識していない苦悩がいっぱいあるのだから。
自分で作り出しておきながら、それに気づかずに暮らしているのだから。
  
「私は差別をしません」という差別意識。
「戦争はいけない」と言いつつ、人を憎む日常。
「平和(と思われている今)」になって責める過去。
「私はこんなに苦しんでいるのに」というあなたのことを、心配してくれる人がいることに気づかない哀しさ。

知らないうちに他人(ひと)を傷つけている事実
それは、私自身をも傷つける 
 
見えていないことの多さ 
見ようとしない罪
知らなければそれで許されることなのか。仕方ないことなのか。
 
苦悩は、認識できないところにこそある。
 

  
特に何かあったわけではないのですが、苦悩に始まり苦悩に終わる8月でした。

2007年8月29日 (水)

アノネ

8月も終わりに近づいていますね。
毎月1日に出している寺報(あぁ、9月号が出来ない…)に感想が寄せられます。
今月の文章中、私見として次のように書きました。

私が生まれるためには、父と母、そして私自身の「生まれたい!」という強い願いがなければ、この世に生まれ出ることはできないと思っています。そう、なぜ私が生まれてこられたのか。私自身が強く願ったからなのです。

ブログでも何度か書いてきましたし、法話会や仏教青年会などでも、機会があれば語ってきました。
今月いただいた感想で、「それはおかしい」「生まれる前に意思があるわけがない」などなど、感想をいただきました。今まで語ってきたときも、賛同されるよりは、そのような感想を言われることの方が多かったです。
みなさんはどう思われますか?
  
  ☆
 
相田みつをさんの本をパラパラめくっていたら、こんなことばに出会いました。

  いのち

 アノネ
 にんげんはねぇ
 自分の意思で
 この世に生まれて
 きたわけじゃねんだな
 だからね
 自分の意思で
 勝手に死んでは
 いけねんだよ

      みつを

  ☆

一見すると、私の「私見」と反対のことを言っているように感じられることでしょう。
でも私は、「あぁ、同じことを感じている人がいる」って思ったのです(ご都合主義?)。
 
仮に、みつをさんのことばに「私見」を重ね合わせたら、
 
「自分の意思で生まれてきたんだなぁ
 だから
 自分の意思で死んでもいいんだよ」
  
なんて読まれそうですが、そうではなく、やはり、

「自分の意思で生まれてきたんだなぁ 
 だから 
 自分の意思で死んではいけねんだよ」

なのです。
あれ、おかしいですか? 
でも、そうなのです。
  
 ☆

今日の文章はですね、 
「私見」を否定されたから、賛同者を探しているのではないのです。
極端なことをいうと、
自分の意思で生まれたのであろうが、自分の意思でなく生まれたのであろうが、どっちでもいいのです。 
私がこの「私見」を主張するのは、「自分の生まれについて、もっともっと考えてほしい」という願いがあります。
もっともっと考えた結果、「自分の意思で生まれた」と思っても、「自分の意思でなく生まれた」と思っても、どっちでもいいのです。
でも、考えるという作業を通して、「だからね 自分の意思で 勝手に死んでは いけねんだよ」に行き着くと思うのです。
だから、相田みつをさんのことばを読んで、「あぁ、同じことを感じている人がいる」と思ったのです。

2007年8月25日 (土)

うれしい出来事

門前を掃除していたら、3人の方に声をかけられました。
 
①お他宗の方なのですが、いつもそちらの冊子をくださるご婦人。
「いつもごくろうさまです」
と、声をかけていただき、今日も冊子をいただきました。
さっそく読ませていただきました。
ありがとうございます。
 
②いつも元気に挨拶してくださるおじさん。
「おはようございます。はい、これ」
と、いつもと同じ元気な声で挨拶をされ、手渡されたのはミネラルウォーター。
「暑いから気をつけてね」
そう言うと、颯爽と行ってしまわれました。
掃除中、飲ませていただきました。おかげさまで熱中症にならずにすみました。
いつも元気をいただいてます。ありがとうございます。

③いつも掲示板のことばの感想をお話してくださるご婦人。
今月の言葉も素敵だわぁ」
「そう思っていただけます?」
「えぇ、人間、生きているんだもの。苦悩して当たり前よね」
と言ってくださるものだから、つい愚痴っちゃいました。
「でもね、こんな言葉 掲示してくれるなって、言われちゃったんですよ」
「あら、今月のことばは、大切な事実じゃない。それに、ことばって苦悩してるから身に響くのよ。
以前、「ゆとりって、時間の余裕じゃなくて、こころの余裕なんだよね」って、掲示してくれた時があったじゃない。私は、あのことばに救われたの。当時、いろいろと焦っていたんだけど、あぁ焦る必要はないんだ。立ち止まってもいいんだって思えたの。でも、そう思えたのは、苦悩があったからなのよね。なにも悩んでなかったら、ことばは響かない。苦悩できるってことは、生きてるってことなんだなぁって思うわ」
「ありがとうございますTT」
    

門前を掃除しているほんのちょっとの時間に、こんなに交流がありました。
うれしさで、夏バテも吹き飛びました。ありがとうございます。 

2007年8月23日 (木)

生き様(いきざま)

萩本欽一さんが、24時間テレビで、70キロのマラソンを完走されました。
24時間テレビはあまり見てなかったのですが、次の日のドキュメントに見入ってしまいました。
頑張る姿に感動します。
萩本さん自身も、「もう一回キンちゃんが頑張る姿を見てみたいなって思ったの」って言ってました。
 
桑田真澄投手が、大リーグパイレーツを退団しました。
無謀な挑戦だと言われつつも、自分の夢を追い求める。そして果たしたメジャーデビュー。
ひたむきさに勇気をもらいます。
「よくしてもらって、パイレーツには、感謝しています」と桑田投手は言われます。球団職員に「ありがとう」とかいたサインボールを渡したそうです。
  
キンちゃんも、桑田投手も、周りにはいつも人がたくさんいるような気がします(一緒にいるわけではないので)。
瞬間の感動を与えてくれる人は、たくさんいます。でも、その感動が語り継がれるとなると、なかなか稀なことではないでしょうか。キンちゃんの感動も、桑田投手の感動も、「かっこよかったねぇ」って、ひとことで終わってしまう感動ではなく、語り継がれる感動のような気がします。
 
 ☆   
   
先日、映画「ラストサムライ」を放送してました。
最後の方に、明治天皇とネイサン・オールグレン(トム・クルーズ)とのやりとりがあります。

 明治天皇  「(勝元の)死に様を話してくれないか
 オールグレン「生き様をお話いたしましょう
 
「死に様」と「生き様」
「生き様」を語ることなしに「死に様」は語れない。
「生き様」を語ってこそ「死に様」が明らかになる。
「生き様」が語り継がれてこそ、「死に様」が輝く。
どのような生き様であったか。そのことを語れば、わざわざ死に様を語る必要もない。
  
うまく言えないですけど、このちょっとしたことばの違いの中に、「生き様」を見せて生きた男の物語りを感じました。まさに「ラスト サムライ」。
「やるねぇ脚本家」なんて、こころの中でつぶやきながら映画を見てました(何回か見ているのですが、あらためてこころに引っかかりました)。

 ☆
 
もちろん、キンちゃんも桑田投手もまだまだこれからの方ですが、
この暑い夏、熱い男の生き様を見せていただいたような気がします。
 
「こういう生き様の人がいてね」
と、語りたくなるような人との出会い(直接お会いしたわけではありませんが)。それもまた素晴らしいこと。有り難いこと。
そういう人と同じ時代を生きられたこと、嬉しく思います。

2007年8月20日 (月)

非日常という日常

戦争で、敵から攻められることは恐ろしいことです。
しかし、もっと恐ろしいことは、味方であるはずの同じ国、同じ民族、同じ地域、同じ仲間、同じ家族間で争いが起こること。
非難し合い、罵り合い、傷つけ合い、殺し合う。
非日常の世界が作り出される。
それが日常になってしまわないように…

2007年8月17日 (金)

根無しの平和

「戦争反対!! 平和な世の中を!!」
と言うけれど、本当に望んでいるのだろうか。願っているのだろうか。
本当に望んでいて、今の日本の状態になるのだろうか。
  
平和、平和というけれど、今叫んでいる「平和」って、
今の状況を「平和」と言っているだけではないだろうか。
今の状況が続けばいい。自分さえよければいい。
 
戦後叫ばれ続けてきた「平和」は、戦争をふまえた「平和」。
「平和」ということばの背景に、二度と戦争を起こしてはならないというこころの底からの叫びがあった。願いがあった。
「平和」に根っこが生えている。
各々の持つ「平和」の想いが、大地でつながっている。
  
今叫ばれている「平和」は、快適な環境が続いて欲しいという「平和」。
自分の身の回りの環境さえ、自分に都合がいいように整ってくれたらいいという「平和」。自分さえよければいいという「平和」。
「平和」に根っこがない。
フラフラしていて、すぐに枯れてしまう。

自分だけがよくても、そんな「平和」は長続きしない。
いや、「平和」と勘違いしているだけで、そんなのは「平和」ではない。

2007年8月16日 (木)

涙を枯らしてはいけない

哀しい出来事は、「ある」よりは「ない」ほうがいい。
でも、生きていれば、哀しい出来事とも出会う。
なぜ哀しい出来事が起こるのか。
他人(ひと)の哀しみに、思いを寄せるためかもしれない。
 
私が哀しい出来事を経験したからこそ、他人の哀しみが伝わってくる。
伝わるから、他人の痛み・苦労・苦悩が分かる。
分かるっていうのは、失礼だな。
痛いのかな、苦しいのかな、つらいのかなって、気づくことはできる。
逆に言うと、私に哀しみの経験がなければ、他人の哀しみなんて見えやしない。

なぜ哀しい思いをするのか。
他人の痛みを感じるため。
痛みの元を知るため。
知って、哀しい事実を忘れないため。
 
じゃぁ、戦争を経験してない者は、戦争で被害にあった方々の想いを知ることはできないのか。
いや、聞いて、知って、考えて、涙することができる。
そうやって、戦争の悲惨さは伝わってきた。
伝わっているはずだ。
はずなのに、薄れていく、消えていく、なくなっていく…そして、戦争をしようと企む者が出てくる。
また哀しみを繰り返すのか。

哀しい出来事は、避けられないもの。
でも、その繰り返しは避けられるはず。
哀しみから目を背けなければ。
哀しみを忘れなければ。
哀しみを、ともに涙する人がいてくれれば。
   
哀しい出来事が哀しいのではない。
哀しい出来事を忘れてしまうことが、哀しい。

2007年8月15日 (水)

私が私でなくなる日

去る8月12日(日)、西蓮寺仏教青年会「白骨の会」、8月の企画として、九段下にある「昭和館」と「しょうけい館」に行ってきました。
  
「昭和館」は、昭和の様子(主に戦中・戦後)を今に伝え、その労苦を知ってもらいたいという願いが込められた施設。平成の世も、いつの間にか19年。平成生まれの子が、大学に通う時代。昭和の世って、ちょっと前のことのようだけれど(私だけ?)、時間は確実に経っているんだなぁと感慨深くなりました。
「しょうけい館」とは、戦傷病者史料館のこと。戦傷病者等が体験した戦中・戦後の労苦を後世に語り継ぐ施設。義眼・義足・義手の展示から、戦争の生々しさを感じました。
両施設とも、初めて行きました。行こう行こうとは思っていても、なかなか一人ではいけないもの。私の独断で今回の企画を計画し、3名の方が参加してくださいました。ありがとうございます。
  
「昭和館」で耳にした戦中の音楽・展示されている当時の雑誌。戦争賛美の語句が目に付きます。作詞家・作曲家・著者の名前に目をやると、「えっ、この人が書いてるの!?」と思うような人も。
で、思いました。
この人たちは、戦争賛美の音楽や文章を書かなければならなかったんだなぁ。本心か偽りかは分からない。でも、書かざるを得ない、あるいは、そういう心境にさせてしまう、特殊な時代だったんだなぁ。
現代、真宗における教学者が残した、戦時中の戦争賛美を思わせることばを取り上げて、「この○○は(呼び捨て)、こんなことを言っている。許せない」というような批判を言う人がいますが、それは批判にならない批判です。
自分の思想をも捻じ曲げられてしまう、個人の善悪の判断を許されない状況。それが、戦争。
 
親鸞聖人は言われました。
さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし(『歎異抄』第13章)
人間とは、そうせざるを得ない状況に身を置かれたら、何をしでかしてしまうか分からない存在である。人の物を盗み、人を傷つけ、殺してしまうこともある、と。

聖人のこのことばを説明しようとしたとき、その自分こそ、ことばを真正面からいただいているのか?  と、自身に問うことがある。
聖人のこのことばを説明しようとしたとき、「いや、たとえどんな状況になっても、私はそんなことはしません」と、言い返されることもある。
そう、「さるべき業縁」がもよおしてないときに、あたかも「さるべき業縁」がもよおしたかのように語るから、この大切なことばが、軽くなってしまうのです。

「昭和館」「しょうけい館」を見学していて思いました。戦争というのは、さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもしてしまう時・状況なんだということを。
平和と言われている今の世なら、「たとえどんな状況になっても、私は」人の道を踏み外すことをギリギリ思いとどめることができることでしょう。しかし、戦争とは、まさにさるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべき世なのです。私が私でなくなるのです。いや、見方を変えると、私がむき出しになるのかもしれない。
   
終戦記念日です。
夏になると、戦争反対の声が大きくなります。私も、戦争反対です。
しかし、戦争反対の声が叫び続けられるということは、戦争の影が常にあり続けるということの裏返し。「戦争反対」のことばが消えたときこそ、真の平和なのかもしれない。

2007年8月11日 (土)

暦のうえでは秋ですが、

暦のうえでは秋ですが、
暑いですねぇ。
あまり暑いと訳もなくイライラしてしまいがちです。どうぞひと呼吸おいて、気持ち静かに。水分とって、からだもこころも冷やしてください。
カメとキンギョも、仲良くゆったり過ごしています♪

2007年8月 9日 (木)

平和の鐘

「平和の鐘をつく」プロジェクトがあるそうです。
1945年8月6日・9日、広島と長崎に原爆が投下されました。
原爆投下の出来事を忘れてはいけない。二度と原爆が投下されるようなことがあってはいけない。
その想いを伝え広めるために、原爆落下の時間に、お寺や神社にある鐘を叩いてもらう。そういう取り組みをしている方々がいるそうです(今朝のニュースで初めて知ったので、要領を得ない説明で申し訳ありません)。

「忘れてはいけないことがある」
その一念で、長崎に原爆が投下された午前11時2分、本堂の鐘を叩きました。

テレビで「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」での長崎市長の平和宣言を聞いてから本堂に向かいました。
鐘の音が少しでも外に響くように、本堂の窓を開けました。
鐘のバチを手に持ち、時計を見ました。
午前10時59分
「あと3分だ」(こころの中でつぶやきました)

午前11時ちょうど
午前11時1分
午前11時1分10秒、20秒、30秒…

時間が近づくにつれ、緊張してきました。
私は、1945年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が投下されたことを知っている。
知ったうえで迎える午前11時2分。
でも、当時長崎で生活をしていた人々は、原爆が投下されるなんて思ってもいなかったことでしょう。
戦争中ではあるけれど、日々の生活を営んでいた。そこに、あるとき突然原爆が投下され、爆発する。
一瞬で、なにもかもが吹き飛ぶ。
人々が築きあげてきた それぞれの人生が、一部の人間の判断で、あざ笑うかのように踏みにじられる。許されることなのか? 
原爆落下により戦争は終局に向かい、結果、被害者が少なくて済んだと言うヒトがいる。だから「しょうがない」ことなのか?
後からなら、なんとでも言える。何(誰)が正しくて、何(誰)が間違っていたのか。そんなことを検証しても、意味がない。語る人、立つ位置によって、発言は変わる。そして、誰もが自身の正義を主張するのだから。
 
戦争はしてはいけない。
原爆が投下されるようなことがあってはならない。
そのことを忘れてはいけない。
 
午前11時1分55、56、57、58、59、11時2分
カーン…カーン・・・カーン…カーン…カーン…カーン…カーン…カーン…カーン…

2007年8月 7日 (火)

人が人を裁くということ

朝青龍関の処分が出ました。
当然だという人もいれば、厳しすぎるという人もいる。
外国人力士が強すぎるからやっかみだという人もいれば、日本国技の伝統を知らなすぎるという人もいる。問題の本質は、そこだろうか?
もし白鵬関が横綱になっていなかったら、同じ処分が下されていただろうか?
      
参院選後、赤城農林相が大臣の職を辞しました。
遅すぎるという人もいれば、どうしてこのタイミングでという人もいる。
辞職なのか、更迭なのか、そんなところがクローズアップされもした。
もし参院選で、自民党が大勝していたら、赤城大臣の処遇はどうなっていただろうか?
    
事件後、その後の裁判の行方に注目していることがあります(詳しくは書きませんが)。
なぜか弁護団が物凄く頑張っている。その頑張りように不自然さを感じていました。
「あれは、自分たちが主張していることを世間に知らしめようとしているんだよ」と教えていただきました。
裁判が円滑に進むためにも、弁護士は必要。「なぜあんな凶悪犯の弁護をするんだ」ということもおありでしょうが、弁護士がつかないことには、裁判は開かれません。
でも、当の弁護団の目的は、被告の弁護にはないらしい。この裁判を利用しているだけなのか。
被害者だけでなく、自分たちが弁護すべき被告をもバカにした行為。
この裁判の行方にから、ますます目が離せなくなった。
    
すいません、ちょっとムキになりました。
今日書きたかったことは、「果たして、人は人を裁けるのだろうか?」ということ。
「だろうか?」の背後には、「いや、裁けない」という想いを含んでいます。
「人は人を裁くことはできない」「私は、人を裁くに値する人間だろうか?」先ずそこに立って、物事考えなければいけないと感じています。
報道される内容に、あまりにストレートに反応してしまうきらいがあるような気がしてなりません。
  
「裁く」というとちょっと大袈裟ですが、人をしかるときも、頭ごなしにしかるのではなく、「自分はどうだろうか?」という視点を忘れてはいけないと思います。
  
自分が擁護するものには甘く、嫌いなものには厳しくなっていないだろうか。
自分には甘く、他人には厳しくなっていないだろうか。

2007年8月 4日 (土)

打ち水

8月2日、用事があって有楽町のあたりを車で走っていました。
「なんだ、あれ?」 
前方に変わった形をしたベロタクシー(自転車タクシー)が走っています。
キコキコ
 
打ち水
    
ベロタクシー後部、ひしゃくが水をまいています。
ピュッ ピュッ
   
打ち水

車を駐車場に入れて、歩いていると、例のベロタクシーが停まっていました。
思わず運転手さんに声をかけてしまいました。
「こんにちは。面白い乗り物ですね」
「こんにちは。今、打ち水プロジェクトをやってるんです。昨日は、人が集まって、一斉に打ち水をしたんですよ。16日までこれ(ベロタクシー)も走ってるんです。お乗りになりませんか^^」
「いえ、用があるので」
と、断ってしまいましたが、規定のコースを無料で乗せて下さるそうです。

「ひしゃくが素敵ですね」
「他にもあるんですよ。しょんべん小僧とか」
「へぇ~」
  
なんて会話をして、運転手さんと別れました。
用事を済ませて駐車場に戻る途中、しょんべん小僧号も停まってました。

打ち水

さっきの運転手さんも近くにいたので、また声をかけました。
「こんにちは」
「あっ、さっきはどうも。ほら、しょんべん小僧、戻ってきました^^」
「見られてよかったです」
「じゃぁ、もうひと回りしてきますね」
「はい、行ってらっしゃい」 


打ち水ベロタクシー「打ち水坊や~ジュリアン~(と、いうらしい)」は、丸ノ内のオフィス街を颯爽と走っていきました。
シャ~♪
 

 
打ち水すると、涼しくなりますよね。近年の夏の暑さでは、あっというまに蒸発してしまいますが。
なにか目標を作って、それにむかって大勢でコツコツと動き出す。一人でやってると無意味に思えたり、挫折してしまうこともあるけれど、誰かと協力して何かに向かう、その動きが尊いことだなぁと、思いました(反面、怖いこともありますが)。
  
駐車場に戻って、車に乗り、帰りました。
ジュリアンがせっかく打ち水した道を走りながら思いました。
「あぁ、温暖化に貢献してるなぁ」

2007年8月 1日 (水)

2007年8月のことば

  Dscf0675
   人間は
    苦悩する才能を持った生き物です

 
誰もが悩みを抱えながら生きている。しかし、私の悩みとは、
  「自分の思い通りにならない」
  「欲しいものが手に入らない」
  「得たものを失うことが恐い」
  「物事うまくいきますように」
  「失敗したくない」
  「生きたくない」
  「死にたくない」
など、欲望に根ざした悩み。自分で作り出し、自分で振り回されている。
「苦悩する才能」とは、自分で自分を振り回している、欲望に根ざした悩みとは違います。
   
お釈迦さまは教えてくださいました。人間は縁によって生きる存在である、と。
父と母が出会い、私が生まれる。父と母には、それぞれに両親がいて、その両親にも父と母がいる。代々さかのぼり、誰かひとり欠けたとしても、私は存在しません。
私見ですが、私が生まれるためには、父と母、そして私自身の「生まれたい!」という強い願いがなければ、この世に生まれ出ることはできないと思っています。そう、なぜ私が生まれてこられたのか。私自身が強く願ったからなのです。
私が生まれる事実を考えただけでも、数多くの縁があったことを思い知らされます。そのうえ、数え切れないほどの縁のおかげで、今、私がここにいます。
人格・思想を作るために、どれだけ多くの人々の影響を受けたことでしょう。
この肉体を形成・維持するために、どれだけ多くの生き物のいのちをちょうだいしていることでしょう。
生活するために、どれだけの人の努力のおかげで、今の生活が成り立っていることでしょう。
   
親鸞聖人は言われました。
  さるべき業縁のもよおせば、
  いかなるふるまいもすべし

        (『歎異抄』第13章)
人間とは、そうせざるを得ない状況に身を置かれたら、何をしでかしてしまうか分からない存在である。人の物を盗み、人を傷つけ、殺してしまうこともある、と。
聖人のことばを聞いて、「いや、たとえどんな状況になっても、私はそんなことはしない」と言う人もいます。しかし、「する」とか「しない」ということが問題なのではありません。
聖人が言いたかったことは、「出会う縁によっては、なにをしでかしてしまうか分からないのが人間です」ということではなく、「私は、縁によって生かされています」ということだと思います。私の身の事実を、これほどまでに厳しいことばで伝えようとされたのです。
 
欲望に根ざした悩みに振り回されている私。しかし、その悩みは、私側から見た一側面に過ぎません。たとえ私にとってはひとつの出来事にすぎなくても、縁が縁を生み、多くの人々に縁が生じています。
  
私の成功の背後には、数多くの犠牲がある。私の失敗により、成功する者もいる。
私との出会いにより救われる者もいれば、同時に、傷ついている者もいる。万人に対していい顔はできない。
私の願いが叶うとき、悲しみの涙を流す者がいる。生きとし生ける者すべての願いが叶うことはない。
私がここにいるために、ここにいられない誰かがいる。
生まれ、生きるものにとって、死もまた必然。死を厭い嫌うが、先行く人が耕した土壌があるからこそ、今、私がその大地を踏みしめられる。その大地を耕す仕事を、放棄していいのだろうか。
いのちとは、オギャアと生まれてから息が止まるときまでのことなのか。受精により生じるのだから、私のいのちは、はるか昔から受け継がれてきたもの。そして、たとえ我が身は滅んでも、いのちは連綿と続く。始まりもなければ、終わりもない。
  
縁を生きる私。喜びとともに必ず悲しみがある。縁に生き、縁に死すのが人間。そこに、存在に根ざした苦悩がある。
縁を生きているからこそ、苦悩の才能が開花するのです。
 
☆ 
  
Dscf0671
掲示板、8月の人形は、ゴーヤに座っているシーサーです。
昨年沖縄に行ったときに、目が合って、思わず買ってしまいました。

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