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2007年8月29日 (水)

アノネ

8月も終わりに近づいていますね。
毎月1日に出している寺報(あぁ、9月号が出来ない…)に感想が寄せられます。
今月の文章中、私見として次のように書きました。

私が生まれるためには、父と母、そして私自身の「生まれたい!」という強い願いがなければ、この世に生まれ出ることはできないと思っています。そう、なぜ私が生まれてこられたのか。私自身が強く願ったからなのです。

ブログでも何度か書いてきましたし、法話会や仏教青年会などでも、機会があれば語ってきました。
今月いただいた感想で、「それはおかしい」「生まれる前に意思があるわけがない」などなど、感想をいただきました。今まで語ってきたときも、賛同されるよりは、そのような感想を言われることの方が多かったです。
みなさんはどう思われますか?
  
  ☆
 
相田みつをさんの本をパラパラめくっていたら、こんなことばに出会いました。

  いのち

 アノネ
 にんげんはねぇ
 自分の意思で
 この世に生まれて
 きたわけじゃねんだな
 だからね
 自分の意思で
 勝手に死んでは
 いけねんだよ

      みつを

  ☆

一見すると、私の「私見」と反対のことを言っているように感じられることでしょう。
でも私は、「あぁ、同じことを感じている人がいる」って思ったのです(ご都合主義?)。
 
仮に、みつをさんのことばに「私見」を重ね合わせたら、
 
「自分の意思で生まれてきたんだなぁ
 だから
 自分の意思で死んでもいいんだよ」
  
なんて読まれそうですが、そうではなく、やはり、

「自分の意思で生まれてきたんだなぁ 
 だから 
 自分の意思で死んではいけねんだよ」

なのです。
あれ、おかしいですか? 
でも、そうなのです。
  
 ☆

今日の文章はですね、 
「私見」を否定されたから、賛同者を探しているのではないのです。
極端なことをいうと、
自分の意思で生まれたのであろうが、自分の意思でなく生まれたのであろうが、どっちでもいいのです。 
私がこの「私見」を主張するのは、「自分の生まれについて、もっともっと考えてほしい」という願いがあります。
もっともっと考えた結果、「自分の意思で生まれた」と思っても、「自分の意思でなく生まれた」と思っても、どっちでもいいのです。
でも、考えるという作業を通して、「だからね 自分の意思で 勝手に死んでは いけねんだよ」に行き着くと思うのです。
だから、相田みつをさんのことばを読んで、「あぁ、同じことを感じている人がいる」と思ったのです。

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コメント

赤ちゃんはね、親を選んで生まれてくるんだって!この親なら自分を育てられるってそう思って生まれてくるんだってさ!

☆ARIさんへ
ARIさん ありがとう(シャレじゃないよ)
(ノヘ;)シクシク..

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