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2007年7月29日 (日)

なんとかなる③

「なんとかなる」という言葉にたどり着いた仏教青年会の次の日、日ごろお世話になっているお寺のサマーセミナーに参加させていただきました。
 
存明寺サマーセミナー
 講師 二階堂 行邦先生
 講題 一人(いちにん)に立つ、共に生きる
  
お話も終わりに近づき、二階堂先生がおっしゃいました。

 なるようにしかならないものは、
 なるようにしかならないというように、なるようになっている
 そうなったところに、全生命をかけて生きる

  
ちょうど「なんとかなる」ということが頭にあったので、先生の言葉が響いてきました。
(この言葉、先生もハッキリと覚えていないのですがと断わられたうえに、私のおぼろげな記憶で書いてしまったので、正確ではありません。でも、言わんとしていることはお汲み取りいただけるのではないかと思い、紹介させていただきます)
 
物事決まってるという運命論や、努力は無駄という刹那主義ではありません。
全生命をかけて生きる。昨日も書きましたが、大きなはたらきの中を生きているからこそ、全生命を傾けられるのだと思います。

全生命を傾けたからといって、自分の思うがままの人生を歩めるわけではありません。
いや、思うがままに歩めないのが人生。
でも、そこを全生命をかけて歩んでいけるのは、「なんとかなる」から。
 
「なんとかなる」
未来が、結果が「なんとかなる」のではなくて、
私が全生命をかけられることが、一歩を踏み出せることが、「なんとか」なっている姿なのかもしれません。

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コメント

はい、全く同感です。
南無阿弥陀仏といつも心で唱えて
「なんとかなるさ」とのんびりと。
私自身、他人にもそう見えない未熟者ですけどね。浮世も木の葉の先だけ見れば、見えにくいですから、
様様な助けがあり、何とかなってくるもんでした。有難いことです。

☆tanukiさんへ
「浮世も木の葉の先だけ見れば、見えにくいですから」
なるほど、そうですね‼
でも、木の葉だけ見て生活しているのが現実。
見方を変えれば、視野を広げれば、もっと色々なものが見えてくるのに。
人生、楽しいですよね♪

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