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2007年6月22日 (金)

今、いのちがあなたを生きている⑪(追記)

昨日の文章で、
もっと「命」について泥臭く語ってもいいんじゃないかなって思いました。
と、書きました。
その想いに変わりはないのですが、文章をアップしてから危惧してることがあります。
「“命”について泥臭く語り始めたら細○さんや江○さんみたくなっちゃうんじゃないか?」って。もし命について語ることを、あのように受け取られたらマズイなぁ。あれって、命を語っているようでいて、自己満足・自己安心の法を語ってるだけだから。
 
なんて考えていたら、友人からメールをもらいました。
南無阿弥陀仏イコールいのち。こういう図式を前提にして話をすると、どういうわけか行き詰まります。
何事も道程というものがあり、いのちと聞いて何を思い浮かべるのか?
いのちが現に、どういう問題を提起しているのが今なのか?
というところから出発するべきだと、私も思います。
まず着地点を設定した上で話を進めると、その着地点へたどり着こう たどり着こうとするだけで、問題が掘り下げられることがないように思われます。

「何を思い浮かべるのか?」「何が今問題提起されているのか?」そういうことを いのち から聞き続ける。うん、私が表現したかったことかもしれないです。
私に、本を読むことの楽しさ素晴らしさを教えてくれた友人。さすが、受け止めも表現も的確です。私も、こんなふうに表現できればいいんだけど。
紹介したくて、了解も得ずにアップしてしまいました。ごめんなさい。


答を見つけるための問いではない。
問いそのものが、どんどん どんどん 深まっていく。
うむ、「問い」を「いのち」と言い換えてもいいかも。
そう考えると、テーマの「いのち」を「問い」と読み換えることも出来るなぁ。

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