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2007年6月27日 (水)

空論愚術

昨日、お仲間のお寺の仏教青年会(通称「髑髏会」)に参加させていただきました。
発題者が、自分の考えていること、疑問に思っていること、参加者に尋ねたいことを発題して、場のみんなでワイワイ語り合う。
昨日いただいた発題は、
「クローン人間は 初期仏教教団に入信できるか。また、釈尊はそれを許すか」
興味深いでしょ!? ワイワイ話した内容は、その場にいる者の共有事項なので書きません。


 
昨日の発題と、最近考えていることが合わさって、こんなことを想いました。
「クローン技術が進歩・発展・普及したら、人間に、生命(いのち)に、どのような影響を与えるのだろう?」
 
「いのちを大切に」
クローン技術の恩恵により、ダメージを受けた臓器の移植手術が日常に行われるようになったとする。
それって、「いのちを大切に」していることになるのだろうか?

戦後、便利さを追求し、生活はかなり便利になった。もう充分なくらい。
でも、まだ物足りなくて、まだまだ便利さを追求する。今、すでに手にしている便利さは、まるで便利ではないかのように。

クローン技術もそう。別の人間の臓器を移植するよりは、自分の臓器を移植したほうが拒否反応は起こらない。
恐らく、クローン技術は進歩・発展・普及し、私たちの生活に当たり前のように入り込んでくるだろう。
クローン技術は普及した。もう充分なくらい。
でも、まだ不都合な点があって、まだまだ技術の発展を追及する。今、すでに手にしている技術の恩恵は、まるでまだ恩恵を受けてないかのように。
と、なりそうな気がする。

「できる」って分かったら、どんなにダメって言ったって、研究を進めたくなる、真っ先に成果を残したくなるのが人間の業。
核が典型的な例。
核はダメって言ったって、実際どれだけの国が研究し、保有していることだろう。
クローンも、実はすでにクローン人間が完成していて、私たちの生活に入り込んでいるなんて話も(SFの世界ですね)。 

どう思われますか?
 

「仏教青年会」
3~4時間ほどお話して、最後に参加者個々が感想を語る。みんなと話をしている中で、新しい発見がある。
自分ひとりで考えていたのでは思いつかなかったこと。
自分は多数派だろうと思っていたけど、実は少数派だったってことも。
自分は少数派だろうと思っていたけど、似たような考え方をする人たちがいるってこと。
今まで、他の意見に耳を傾けることは嫌いだったけど、他の意見を聞くことがどんなに大事かってこと。
こんな自分もいるんだって、新しい自分の発見も。
  
私も、他人の意見を聞くのが苦手な人でしたが、この髑髏会に参加して、かなり変わったと思います。
書いてる文章の内容も、かなり変わったし、会で知り合った方の影響をかなり受けています。

会の内容は、開催しているお寺によって様々。
西蓮寺でも開催してます(左サイドバーの「トピックス」参照)。こういう会に顔を出してみたいなって方は、ぜひご参加ください。お待ちしています。

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コメント

とっっても興味深い発題でしたね。
架空のようで、すぐそこまできている現実的なもんだなのかもしれません。
「人間とは?」という根源的な課題を考えさせられました。

やはり、みんなで話をすといろいろ自分のなかからも発想が生まれるのが不思議です。

☆たかさん おはようございます
日常の会話では、なかなか有り得ない内容ですよね(いつもだけど)
でも、なにかしら生きていることに結びついているから不思議。まったく関係ないことでも、無駄な話でもない。とっても有意義な時間・空間だと思います。

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