空論愚術
昨日、お仲間のお寺の仏教青年会(通称「髑髏会」)に参加させていただきました。
発題者が、自分の考えていること、疑問に思っていること、参加者に尋ねたいことを発題して、場のみんなでワイワイ語り合う。
昨日いただいた発題は、
「クローン人間は 初期仏教教団に入信できるか。また、釈尊はそれを許すか」
興味深いでしょ!? ワイワイ話した内容は、その場にいる者の共有事項なので書きません。
☆
昨日の発題と、最近考えていることが合わさって、こんなことを想いました。
「クローン技術が進歩・発展・普及したら、人間に、生命(いのち)に、どのような影響を与えるのだろう?」
「いのちを大切に」
クローン技術の恩恵により、ダメージを受けた臓器の移植手術が日常に行われるようになったとする。
それって、「いのちを大切に」していることになるのだろうか?
戦後、便利さを追求し、生活はかなり便利になった。もう充分なくらい。
でも、まだ物足りなくて、まだまだ便利さを追求する。今、すでに手にしている便利さは、まるで便利ではないかのように。
クローン技術もそう。別の人間の臓器を移植するよりは、自分の臓器を移植したほうが拒否反応は起こらない。
恐らく、クローン技術は進歩・発展・普及し、私たちの生活に当たり前のように入り込んでくるだろう。
クローン技術は普及した。もう充分なくらい。
でも、まだ不都合な点があって、まだまだ技術の発展を追及する。今、すでに手にしている技術の恩恵は、まるでまだ恩恵を受けてないかのように。
と、なりそうな気がする。
「できる」って分かったら、どんなにダメって言ったって、研究を進めたくなる、真っ先に成果を残したくなるのが人間の業。
核が典型的な例。
核はダメって言ったって、実際どれだけの国が研究し、保有していることだろう。
クローンも、実はすでにクローン人間が完成していて、私たちの生活に入り込んでいるなんて話も(SFの世界ですね)。
どう思われますか?
☆
「仏教青年会」
3~4時間ほどお話して、最後に参加者個々が感想を語る。みんなと話をしている中で、新しい発見がある。
自分ひとりで考えていたのでは思いつかなかったこと。
自分は多数派だろうと思っていたけど、実は少数派だったってことも。
自分は少数派だろうと思っていたけど、似たような考え方をする人たちがいるってこと。
今まで、他の意見に耳を傾けることは嫌いだったけど、他の意見を聞くことがどんなに大事かってこと。
こんな自分もいるんだって、新しい自分の発見も。
私も、他人の意見を聞くのが苦手な人でしたが、この髑髏会に参加して、かなり変わったと思います。
書いてる文章の内容も、かなり変わったし、会で知り合った方の影響をかなり受けています。
会の内容は、開催しているお寺によって様々。
西蓮寺でも開催してます(左サイドバーの「トピックス」参照)。こういう会に顔を出してみたいなって方は、ぜひご参加ください。お待ちしています。






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