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2007年5月

2007年5月31日 (木)

バベルの塔

善と悪
失敗と成功
好きと嫌い
強いと弱い
出会いと別れ
幸せと不幸
闇と光
 
対極にある(と思われる)ものを思いつくままに挙げ、その深層を探ってきました。
〔カテゴリー「対極にあるようだけど、ひとつなのです」〕
 
なぜそんなことをしてきたのか。
そうすることによって、阿弥陀如来(真実)が見えるかなと思ったのです。
相反するものを見つめることによって止揚していくのではなく、
相反するものって、実はイコールなのではないだろうかという見方で、
阿弥陀如来(真実)が垣間見えるのではないかと思ったのです。

実際に見えたり、それで満足するものではありませんが、ひとつの方法論として考えられるのではないだろうかと、ひらめいたのです。
書いてる私としては、ワクワクしながら書いていたのですが、ついに表現力・文章力が破綻をきたしました。
読んでくださっている方は、余計訳が分からなくなっていたことでしょう。申し訳ございません。
 
で、明日アップの文章で(懲りてない!?)「対極にあるようだけど、ひとつなのです」は一応の結末と致します。
さて、どんな“対極にあるもの”で〆たのでしょう。お楽しみに。
(答え)
他力と自力で、「対極にあるようだけど、ひとつなのです」を〆てみました。
思索にお付き合いいただき、ありがとうございます。

2007年5月26日 (土)

闇あるがゆえに光あり

表面光明煥然たれども、裏面には限りなき悲痛を包含する。
裏面の闇黒あるが故に、表面の光明が現はるる。
如来は尽十方の無碍の光明である。しかも深くその御胸に入る時に我は無限の闇黒を見る。
我々は自己の闇黒の存在を以て常に如来の存在を否定せんとした。
誠に如来を以て単なる光明としたならば勿論爾くなければならぬ。
しかも如来は無限の光明なると共に無限の闇黒である。
故に我等の闇黒はかえって如来を肯定する所以となる。
然らば如来の闇室とは何ぞや。
我惟うに如来は無辺の蝋燭である。
彼は尽十方の光明を以て外十方を照らす。
而も光の中心は又無辺の闇黒である。
この無辺の闇黒とは大悲の本願である、修行である。
智慧を以て光明とせば慈悲は闇黒である。
如来は外面より見れば光明にして、内面は闇黒である。
この如来の闇黒は誠に如来光明根本原動力にして、如来の真生命はここにある。
如来の本願はこの闇黒の御胸より涌き出でた。
  
            曽我量深「大闇黒の仏心を観よ」
   
   
聖なる者・救い主に闇があるなんて、普通は思いもしない。「心の清さが、迷いの衆生を救わしめる」と、思っているのだから。
しかし、曽我量深師(明治期の真宗の教学者)は、阿弥陀如来が大きな闇を抱えているという。
その闇があるからこそ、衆生救済の願いを立てることができた。
我々衆生も、闇を持つからこそ、如来の慈悲を感得できる。
持っていてはいけないもの、捨てなくてはいけないものと思われている「闇」こそが、救いには欠くことが出来ないものである、と。
  

 
先日輪読会に参加し、曽我先生の「大闇黒の仏心を観よ」を読みました。如来にも闇があるなんて、ビックリしました。ちょうど「闇」について考えているときに、「大闇黒の仏心を観よ」を読むご縁をいただきました。
数年ぶりに参加した輪読会で、こんなビックリに出会えるなんて。以前にも「大闇黒の仏心を観よ」は読んでいるのに。「闇」について考えてなければ、こころに引っかかりもしなかったことでしょう。「ここをお読みなさい」という呼びかけだったのかもしれません。
 
教えは、問題意識なく聞いていても、なにも響かないことでしょう。
問題意識を持って仏法聴聞していると、何かしら響いてくるものです。
 

 
輪読会で、
「“闇”を持つ者が衆生救済できるわけがないではないか」という意見が出ました。
反面、
「“闇”があるからこそ、衆生を救済できるんだと思います」という声も聞かれました。
   
如来の本願はこの闇黒の御胸より涌き出でた
何気なく読み飛ばしてしまいそうだけど、実はとても大変なことを教えてくださっています。
  
闇があるから、光がある。
闇を持つから、光を感じる。

2007年5月21日 (月)

闇(やみ)

「闇」は、「もんがまえ」と「音」から成る。

「門」は、内側から閂(かんぬき)をかけます。つまり、開けるも閉じるも、中にいる人がすること。

「音」は何を表わすのだろう。「声」ではないでしょうか。
私の心の奥底にある想い。楽しいことも嬉しいことも、辛いことも哀しいことも、声に出さないと周りには伝わらない。声に出すことによって、実は誰よりもこの私自身が、今、自分が何を想っているのかを知ることができる。

さて、私は「門」を開けているだろうか。自分の想いを表に出しているだろうか。
門を開けることを忘れている人、恥ずかしがっている人、恐れている人、抵抗がある人、必要を感じない人。いろいろな人がいることでしょう。でも、閉じたままでいいのなら、壁でいいはず。なぜ「門」なのでしょう。
 門を閉じて、自分ひとり、物事を見つめる時間も大切。
 門を開いて、自分の想いを発することも素敵なこと。
 閉じたままでは、こころが錆びついてしまう。
 開けたままだと、自分を省みることがない。
   
理解しがたい事件があれば、犯人の「心の闇」と騒ぎ立てる。
「心の闇」…誰もが持っているし、特定の人が持つものではない。
多くの人が、「心の闇」の門の開閉が出来て、声を発している。器用不器用はあるけれど。
でも中には、門の開閉が、いや、開くことが出来ない人がいるのだと思う。開くことが出来ないから、声が出せない。閉じた門の中で声は、想いは、どんどん膨らむ。その表に出せない想いが、どんどんどんどん膨らんで、ある日突然暴発してしまう。門は壊れ、周りにいる人も巻き込んでしまう。
  
門の外にいる者が、門を開けることはできないけれど、「元気?」「どっか行こうか♪」って、門の外から呼びかけることはできる。門が壊れて、巻き添えを食う覚悟で、門の前に居続けてあげることもできる。というより、周りの人間に出来ることはそれだけ。門を開けるも閉じたままも、決めるのは門の中に居る者、つまり私自身なのだから。

閂を外してみませんか!!
外の世界も、そんなに悪いところではないですよ。

2007年5月17日 (木)

心の闇

少年による母親殺害事件が起きました。
今回の事件に限らず、原因がハッキリしない、納得できない、不可解な事件があると、犯人を凶行に向かわしめた原因を、報道では「心の闇」と表現します。

森 達也さんのお話を聞きに行ったときに、次のようなことを教えていただきました。

オウムの事件が起きたとき、人々は不安や恐怖を感じた。それは、事件そのものに関する不安・恐怖でもあるけれど、なぜオウム信者が地下鉄にサリンをまいたのか動機がハッキリと分からないという不安・恐怖なんです。

動機・理由がハッキリしていれば納得できるというわけではないけれど、オウムの事件までは、ハッキリした動機・理由あって犯行に及んでいた。ところが、オウムの事件は、動機・理由とされるものが言われはしても、とうてい納得できるものではなかった。それゆえ、人々は余計に恐怖感を覚えた、と。


 
今回の母親殺害の事件にしても、「殺すのは誰でもよかった」と少年は言う(言っているらしい)。
やはり、納得できる理由ではない。
そこで、この少年は人とは違う何かを抱えているのではないかということが考えられ始める。「心の闇」という表現で。
確かに、「心の闇」の部分もあるのかもしれない。しかし、「心の闇」とは、この少年だけが持つものだろうか? ハッキリした動機・理由もなく罪を犯す者だけが抱えるものだろうか?
いや、誰にだって「心の闇」はある。誰にだって心当たりはあることでしょう。「自分は、なんて恐ろしいことを考えるんだ」「(自分に対して)嫌な奴だな」って思うことありませんか?
 
「心の闇」が犯罪を発動させるわけではない。「心の闇」の導火線に火をつけてしまう何かに、出会ったか出会わなかったかの違いではないだろうか。誰もが「心の闇」があるのだから、そこに火がついてしまうことも、誰にでも有り得ること。
  
動機・理由・原因が知りたいというのは、自然な欲求。でも、全てがハッキリ分かるものではない。
「自分のことは自分が一番分かってる」と言う人もいるけれど、実は一番訳がわからないのは自分自身。自分の「心の闇」すら見えていないのだから(見えてしまうことこそ、一番の恐怖かもしれないけれど)。
 
知りたいという欲求を満たす、仮に満足させるために、「心の闇」を他者に当てはめるのは、かえって何も見えなくしてしまいます。
 
森 達也さんに教えていただいたことです。
日本では犯罪は減っているんです。特に、少年による犯罪は。
しかし、報道する側からすると、「犯罪は減っている」「日本は安全です」と言っても視聴率や新聞雑誌の売り上げは伸びない。「犯罪が増えている。特に凶悪犯罪が」「日本はもっとセキュリティに力をいれなければいけません」と、不安を煽った方が民衆は興味を持つ。それが、今の報道の姿です、と。

「心の闇」のせいにして何も見えなくしてしまった結果、余計に闇の中を彷徨っているのが現代日本人のようです。 

(付記)
「心の闇」という表現、ここ最近作られた言葉だろうと思っていましたが、平安の昔からある言葉のようです。
しかし、本来「心の闇」とは、「愛しい人を想う」「親が子を(子が親を)想う」気持ちを指していた言葉だそうです。
今では正反対の使われ方をしていますね。でも、愛しい気持ちが強ければ強いほど、その想いは憎しみに変わることがある。憎い相手だと意識することから、相手を認めることに変わることもある。
「心の闇」という言葉から、人間の複雑な心の移ろいが見えてきます。

2007年5月16日 (水)

人生の助手席

「お酒飲んでないでしょうね」
「子どもがいるよ」
「お年寄りがいるよ」
「自転車に気をつけて」
「バイクがきてるよ」
「もっとスピード落として」
「急がなくていいからね」
「ブレーキ踏むの遅いよ」
「今のタイミングは信号無視だよ」
「今の割り込みは強引だったよ」
「今日は運転雑だね」

助手席からはよく見える。
運転してない分、景色や周りの様子もよく見えるけれど、運転している者の状態がよく見える。
態度も、こころの動きも。

信仰も、人生の助手席に誰かを乗せるということなのかもしれない。
私の助手席にはいつも阿弥陀さまと親鸞さま。
賑やかだなぁ♪

でも、運転中はもう少しお静かに^^;

2007年5月12日 (土)

人間って厄介だ

「友達の友達が言ってたけど」…存在しない「友達の友達」

二度と来ない「また今度」「そのうち」

「ゆっくりどうぞ」という催促

「満足だ」と言いながらまだなにか求めてる

「便利になった」と言いながら不便を感じてる

「人のため」という偽り

「あなたを信じてます」という疑いの心

「私には差別心がありません」という差別心

「私は嘘をついたことがありません」という大嘘

「私があなたのことを一番分かってるんだから」という無理解

2007年5月11日 (金)

期待は裏切られるもの

「裏切られた!!」
「期待はずれだった!!」
「こんなはずじゃなかった!!」

自分が勝手に予期した思いや願い。
それらが叶わなかっただけのこと。
自分の思い通りにならなかっただけのこと。
それなのに、相手を責めてしまう。
「そんな人だとは思いませんでした!! 裏切られました!!」
なんて言ったりして。

2007年5月10日 (木)

赤ちゃんポスト

2007年5月10日正午から熊本市の慈恵病院で、親が養育できない新生児を匿名で託す「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の運用が始まります。
このニュースを聞いたとき、あなたはどのように思われましたか?
賛否両論たくさんの意見が病院や行政に寄せられています。現実に赤ちゃんが置き去りにされていることを考えれば止むを得ない面もありますし、育児放棄の助長につながるという面もあるでしょう。
 
何をするにしても賛否両論あるものですが、その論争が激しければ激しいほど、「なぜそうしなければいけないのか」が見えなくなってしまうものです。
赤ちゃんポストの賛否について書こうというのではありません。このケースも、賛否両論それぞれの主張が盛り上がりすぎて、「なぜそうしなければいけないのか」「そうしなければいけない背景」というものが見えなくなっているような気がしたのです。
 
人間の赤ちゃんは、哺乳類の中で一番弱いのではないでしょうか。他の哺乳類の赤ちゃんは、生まれてすぐに一応動き回ることができます。食事を与えてもらうなど育ててもらわなければ生きてはいけませんが、自分でなんとかする力はあります。でも人間の赤ちゃんは、生まれてから一年近くは歩き回れないのです。外敵に襲われたら抵抗できないのです。そのため成長したものが大事に育てていかなければいけないのですが、赤ちゃん特有の、パーツが下に集まった愛らしい顔は「助けてください」「育ててください」というメッセージを発信しているのです。
育ててえげようという義務感・使命感で育てるのではなく、生きるためのお手伝いを自然にしたくなるように出来ているのです。
赤ちゃんが生まれると、お母さんや周りの人が、なんとかしようという気持ちが自然と湧いてくるものだと思うのです。赤ちゃんポストが設置されたからといって、そこに託す人がたくさん出てくるということはないと思うのです(それに、おそらくマスコミが見張っていて、実際に使われることはないのではないかと思います)。
それにもかかわらず預けられてしまうというのは、それだけの理由があってのことだと思うのです。理由があれば認められるという話しではありませんが、預けた方は、「預けてホッとした」どころか、手放してしまった辛さを一生背負うことになります。(申し出れば赤ちゃんは返してもらえるそうですが、“預けた”という行為やそのときの辛い気持ちは一生残ります)。

賛否のみを語るのではなく、赤ちゃんポストの設置を考えなくてはいけない時代・社会状況であるということを見つめなければいけなのだと思います。
先に「お母さんや周りの人が」と書きましたが、赤ちゃんポストに託さなければいけないお母さんには、その「周りの人」がいないのだとも思います。「話を聞いてくれる(アドバイスはいりません)」…それだけでどんなに大きな支えになることか。たったそれだけのことをしてくれる人さえも、周りにいないのだと思うのです。
そういうことに思いを馳せたとき、私は人の話を聞ける人だろうかということも自身に問うてほしいのです。

「赤ちゃんポストに託すなんて信じられない」という人もいることでしょう。
自殺について書いたときもそうでしたが、自分がその境遇になければ、「なぜ?」「信じられない!」というのが正直な気持ちだと思うのです。でも、そこで、託した人・自殺した人は心が弱い人、託さなかった人・自殺しなかった人は心が強い人という図式に当てはめてしまってはいけないのです。した人としなかった人との違いは、したかしなかったかの違いでしかないのですから。

(5月17日付記)
この赤ちゃんポストに、3歳のお子さんが託されました。
新生児を想定しているシステムに、まさか3歳の子どもを託す人が出てくるなんて…。
3歳なら、病院まで手をつないで来たんだろうに、「どこ行くの?」なんて笑顔で問われたんじゃないかなぁ。
お子さんを託した保護者の方、あなたにいったい何があったというのですか?

2007年5月 9日 (水)

思い上がり

自分だけがこの苦しみを引き受ければ、みんなは幸せでいられる。

こんなつらい思いをするのは、自分だけでたくさんだ。

自分だけが耐え忍んでいるつもりだった。

自分が耐えている苦しみを、みんなも受けているというのに。

幸せを享受している背景には不幸を背負っている人が
不幸の渦中にあるとき、幸せを感じている人がいる
と、書いた。そういうこともあるけれど、違う面もある。
 
私の幸せな姿を見て幸せを感じてくれるひともいる。
自分だけが苦悩を背負えばいいと頑張る姿…その姿を見て涙こぼす人もいる。
関係性を生きている。こういうことでした。

2007年5月 8日 (火)

幸せという傷を背負って生きる

(昨日のつづき)
出会いがあって、別れがある。
一対一の関係として考えると、出会いと別れのストーリーにすぎないけれど、
関係性の中を生きていることを考えると、出会いの背景には同時進行で別れがあり、別れの背景には同時進行で出会いがある。
そんなことを昨日は書きました。
 
そのような思いから、更に想ったことがあります。
「幸せ」についてです。
「出会いと別れ」を、「幸せと不幸」に入れ替えても同じだなぁって、痛感したのです。

幸せな出来事があったとしても、それもいつまでも続くものではありません。
幸せな想いが薄れていったり、更に幸せを求めたり、状況が変わって不幸になることもあります。
でも、自分ひとり(あるいは狭い仲間内)のことで考えると、幸せの果てには不幸が訪れるストーリーでしかありません。
やはり、関係性の中を生きているということを思うと、私の身に幸せ(と思える出来事)があった時、その背景には不幸を味わっている人がいるのです。その逆もあります。不幸な目に遭っているとき、幸せを享受している人がいるのです。
幸せから不幸へ(不幸から幸せへ)と移行するのではなく、幸せと不幸は混在しているし、不幸と幸せも混在しているのです。
 
その事実を想うと、「幸せになりたい」と思うことは、とても傲慢なことなのです。他人を傷つけることを望んでいるようなものなのですから。たとえ私にその気はなくても。
不幸だから幸せになりたいのではない、幸せになりたいという思いが不幸なのです。

幸せを望んではいけないと言ってるのではありません。幸せの背景には、不幸とまでは表現しなくても、つらい思いをしている人がいます。誰もが同時に幸せなことなどありえないのです。そのことを忘れてはいけないと思うのです。

 自分の幸せ願うこと わがままではないでしょ
 それならあなたを抱き寄せたい できるだけぎゅっと
 私の涙が乾くころ あの子が泣いてるよ
 このまま僕らの地面は乾かない
  
     宇多田ヒカル「誰かの願いが叶うころ 」

つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるる」ことを考えていたら、
私の涙が乾くころ あの子が泣いてるよ」ということに行き着きました。             
自然のことわり(自然の道理)なのですね。
 
「対極にあるようだけど、ひとつなのです」というカテゴリーを設けました(↓)。

2007年5月 7日 (月)

ともない、はなるる

つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるる
                          『歎異抄』

親鸞聖人のことばです。
“人は縁によって生かされている”という身の事実を受け止めて生きられた方のことばです。
“人は縁によって生かされている”…なかなか受け容れられないものです。でも、事実です。

ことばの表面的な意味だけとれば、「出会いがあれば別れもある」ということなのでしょう。
好きな人、大切な人との出会いは私の人生の支えとなる。しかし、出会いがあれば別れも付き物。どんなに好きな人とでも、自然と距離が離れることもあれば、意見が合わなくて喧嘩別れすることもある。大切な人との死別だってあり得る。
なぜ“別れ”というつらい出来事があるのか。それは、出会ったから。
それならば、出会わなかった方が良かったのか。いや、出会いに対する感謝・感動があるのは、別れがあるからなのかもしれない。別れのない出会いに、感謝・感動はないことでしょう。
それに、出会いが人生の支えとなったのならば、別れだって、人生の支えに成り得るはず。支えが折れてしまうわけではない。

親鸞聖人のことばに出会い、ずっとこの程度のことを考えていました。「大切な人とのご縁をいただく。その先には別れという縁も必ずある」って。
でもそれは、独りよがりな考え方でした。
私たちは、関係の中を生きています。
つまり、私が大切な人(以下Aさん)と出会ったときには、Aさんと別れている人がいるのです(「別れ」と言っても、会うことが全くなくなるというほどの意味ではなくて、精神的に離れるとか、距離的に遠くなるとか、そういう意味も含めての「別れ」です)。
Aさんが亡くなったとして、でもAさんは先立たれた人々と出会っているのかもしれない(死後の世界があるとかないとかいう話ではなくて、そう思うことによって、気持ちを落ち着かせてきた智慧があります)。

一対一の関係でしかなかったら、私とAさんの出会いと別れのストーリーでしかありません。
でも、たくさん人間がいる中での「出会いと別れ」なのです。出会いという縁の背景には別れという縁が付き物なのです。

「信じられるものは己ひとりのみ」なんて粋がっていた頃は、このような事実に気付きもしませんでした。
「自分ほど頼りにならないものはないなぁ」って思うようになり、このような事実が私の前に開かれてきました。
開かれてきたといっても、事実は事実としてずっと前からあること。ずっと前からあることに、やっと気付きました。

気付きという「出会い」は、別れがあったから。
離れる縁があるということは、つくべき縁があるということ。

2007年5月 1日 (火)

2007年5月のことば

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  絵心(えごころ)がなくても絵は描けるけれど
  物語(ファンタジー)がなければ人生は描けない

宗教に幸せを求める人が多いようだけれど、宗教は幸せなんか与えてはくれない。だけど、物語を与えてくれる。
「無宗教です」「無信心です」と言う人がいる。宗教を信じていなくても、生きていくことはできるでしょう。そう、絵心がなくても絵が描けるように。でも、やはり描きたいものがなければ、絵を描くのも嫌々になってしまう。絵を上手に描く必要はないけれど、楽しく描きたい。人生だって、上手に生きる必要はないけれど、楽しく生きたい。
楽しく生きるとは、欲望が満たされるという意味ではない。それって、虚しくないですか? たとえその瞬間は楽しくても。
宗教を、私の都合に合わせて求めてしまう。悩みを解消してほしい。欲望を満たしてほしい。答を与えてほしい。
ほしいほしいほしい…求めたとおりのものが得られなかったら、ポイッ。仮に得られたとしても、お役ごめんでポイッ。
宗教の方が、私の人生に寄り添っているのに、私は捨ててしまう。そんな自分勝手な私なのに、宗教は、教えは、私を捨てない。

南無阿弥陀仏とお念仏称えれば阿弥陀仏の国に生まれられる。

お釈迦さまは母マヤ夫人の右脇から生まれ、七歩歩き、「天上天下唯我独尊」と言った。

今の境遇に耐えて頑張れば、次の世では良い所に生まれ変わることができる。

イザナキ・イザナミが、日本列島を形成する島々を生み出した。

聖母マリアの処女懐胎。
キリストの復活伝説。

これらはすべて物語です。何も信じない人にとっては、鼻で笑ってしまう話でしょう。しかし、これらの物語によって、人間はより鮮やかな人生を描いてきました。鼻で笑えることですか? 物語を持たずに生きていることの方が、鼻で笑われてしまうことではないですか?

私にとっての物語(ファンタジー)
毎月発行しているこの寺報「よくことばが見つかるね」「よく毎月書けるね」「よく続けられるね」と、よく言われます。自分でもそう思いますが、寺報を書くときには、阿弥陀さんが後押ししてくれるんです。「さ、書こうか♪」って。
    
このような会話をしたことがあります。
「副住職、阿弥陀さんってなに?」
「私が生きているということです」
「それが阿弥陀さんですか」
「そうです、阿弥陀さんです」
「それが阿弥陀さんなら、死んだ人は阿弥陀さんから見捨てられたことになるん じゃないですか」
「どうして亡くなられた方を、生きていることと切り離して考えるのですか?  生があっての死、死があっての生。亡き人も、今を生きているじゃないですか。私のこころに。それに、阿弥陀さんは誰も見捨てません」
「分からないなぁ…」
   
「阿弥陀さんは私が生きていることだ」って感得したとき、私の中に阿弥陀さんが生まれました。いや、すでに私の人生に阿弥陀さんがいたのです。だからこそ阿弥陀如来を感じられた。いつも一緒。つまり、生きていることそのことが阿弥陀さんなのです。
生が終わり死があるのではなく、生の延長に死がある。阿弥陀さんはいつまでも私とともにあり続けるのです。寺報は、その物語の表われです。
  
共感してもらえなくてもいいんです。物語は、人の数だけあるのだから。
物語の中身は、幸せばかりではない。けれど、物語は物語として成り立っている。だからこそ、自分のスピードで一歩一歩歩むことができる。だからこそ安心して生きていける。だからこそ人生が鮮やかになる。
楽しく生きるとは、物語を生きること。物語は、人が考え出すのではない。すでに物語の中を人は生きている。そのことに気付かせてくれるのが宗教。日々のひとつひとつの出来事に意味があることを教えてくれる。
   
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(付記)
西蓮寺門前にある掲示板。その掲示板に、月替わりで人形を飾っています。
5月は、可愛い鯉のぼりと柏餅の人形を飾っています。
田崎 由紀子様より今月のお人形をちょうだい致しました。ありがとうございます。

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