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2007年3月15日 (木)

はたらいているから生きている

働くことは生きること
  ドラマ「ハケンの品格」より
 
ドラマを見ていて、主人公のセリフが耳の底に残ってしまいました。
働くということは、お金を稼ぐことであったり、なにかしら社会のためになるものを生産することを指すのだろう。そういうことが生きることならば、稼げない状態、生産性のない状態は、生きるに値しないことになりかねない。
 
でも、「働く」と言っても、稼いだり、なにかしら生産することばかりではないですよね。
物事を考えることを「頭を働かせる」とも言うし、ボーッとしていても、実は働いている。
どんな状態でも、人間常に働いてるんだなぁ。常に生きている。でもそれだと、「生きてることは生きてること」って言ってることになっちゃうなぁ。でも、それでいいのか。
 
さて、働きの主は誰でしょう。たいてい「自分」を考えるけど、別の考え方もある。
阿弥陀如来の救い・願いを、「阿弥陀如来の“はたらき”」と表現します。
阿弥陀如来のはたらきによって、今、私が生かされている。
「はたらきによって生かされている」
じゃぁ、死んだら阿弥陀如来から見放されたってことか?
いえいえ、そのような発想は、人間の知恵。
人間の知恵からすれば、生きてる状態・死んだ状態分かれるのだろうが、
仏の智慧からすれば、生きてるも死んでるも別け隔てない。
阿弥陀のはたらきは、すべての生きとし生けるものに届いている。
人知からすれば死んでるのかもしれないけれど、阿弥陀的には すべて生きてる。
ゆえに、「阿弥陀のはたらきの中を、今、生かされている」

あっ、そんなこむずかしいこと考えながらドラマを見ていたわけではないですよ。
ドラマは、楽しく見させていただきました。マグロさばいて、空飛んで、トラック運転して…見ていて、気分爽快のドラマでした。

(余談)
ドラマの主人公の大前春子さんは、時間ピッタリに行動します。
決まった時間に仕事を始め、決まった時間にシッカリ休憩を取り、決まった時間ピッタリに仕事を終えます。
「就業時間は決まっていても、時間内に仕事が終わらないこともあるだろう。時間の融通を利かせて仕事しようよ」なんて、ドラマを見ていて感じた人はいませんか?
でも、時間の使い方が下手な私は思ったのです。
時間を決めて行動していたら、仕事って片付くんじゃないかって。
すこし残業しよう、もうすこし休もう、すこしくらい遅れてもいいか…。その「すこし」の考え方が、ズルズルダラダラを生み出しているようです。

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