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2007年2月12日 (月)

ぼくの細道

○昨日の文章で、映画のPG12について触れました。
(昨日は「12禁」と書いてしまいましたが、詳しくは「PG12」だそうです。「PG12」とは、「12歳未満のお子さんは、成人保護者同伴が適当」という意味だそうです(“適当”って…)。親と一緒なら見てもかまわなかったのですね。失礼しました)
 
○リンクさせていただいている因速寺さんの「住職のつぶやき」に、電車の女性専用車両での出来事について書かれています(2月12日)。

○ニューヨークの議会で、横断歩道歩行中に携帯での通話や「iPod」を聞くことを禁止する法案の提出が考えられているそうです。
(もし禁止にしたいのなら、車の運転中にテレビを見ることとか、歩きながらメールを打つこととか、先に禁じることがたくさんあると思うのだけど。
自転車乗るために、免許証が欲しいですか? 今のように、歩行者無視で自転車に乗っていたら、そのうちきっと免許制になってしまいますよ)


 
「○歳以下はダメ。~は○歳から」
「○○専用」
「○○中の△△は禁止」
 
快適な暮らしのために作られる決まりごとの数々。
実は生活を窮屈にしている。

法律や条例も、時代・状況・環境に合わせて変わる(変えようとしている)けれど、「合わせている」のか「合わせられている」のか分からない。
困ったことが起きた。同じことで困る人が出ないように、法律や条令をつくる。「あぁ、同じことで苦しむ人がいなくなってよかった」…なんて思っていたら、解釈の違いだとか、他の方法を見出して、隙を突いてくるヒトが現われる。
生活の中の法律だと思うんだけど、法律の中で生活している気がする。

決まりごとが多くなれば多くなるほど、道は細くなっていく。
だから、どうしたら歩きやすくなるか考える。自分さえ歩きやすければいいなんてことを思ってしまう。道ではない所を歩き出してしまう(道を踏み外す)。そういう人が増えると、「そんなことまで決まりごとにしなくていいじゃん!!」 なんてことまで、決まりごとにしてしまう。

聖徳太子のころは、お国の決まりごとが17個(十七条憲法)。それだけで充分だったんですよね。
そのたった17の決まりごとを受けて、個々人それぞれが「やってはいけないこと」「やるべきこと」を想い、感じ、実行していた。“みんなのため”に。「みんなのためにやってはいけないこと」「みんなのためにやるべきこと」はなんだろう。
今は、自分のために思い、主張し、行動する。「自分のためにやってはいけないこと」「自分のためにやるべきこと」ってなんだろう。
(「自分のためにやってはいけないこと」を自分がしない…のではなくて、周りの人間は「私のためにやってはいけないこと」をしてくれるな。
「自分のためにやるべきこと」を自分がする…のではなくて、周りの人間は「私のためにやるべきこと」をしてくれ)
 
 
みんな細い細い道を、窮しながら歩いているんだなぁ。大らかで穏やかで大きな歩きやすい道を歩いていたはずなのに。
 
「ちょっと窮屈さを感じませんか?」ってつぶやきでした。

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コメント

「二河白道」は細すぎて、堕ちてしまいそうです! 発遣と召喚の声を聞かせ続けていただかないと、アッ!と言う間に転落ですね。

☆やすさん こんばんは
「二河白道」は確かに細すぎます。
細すぎますが、これ以上ないほどに太く・しっかりしているのです。
包容力のある道です^^

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