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2007年2月

2007年2月28日 (水)

春の足音

午後になり、風が強く吹いてきました。
花粉症持ちには、最悪の天候でございますTT
 
ドッターーーン!!!!~☆ 
 
物凄い音がしたので、ビックリしました。
音の正体を探していたら、玄関のデッカイ下駄箱が倒れてました。




まだ風が強いままなので、倒れたままにしておきます。お参りにみえた方、ビックリしないでくださいね。
冷静に写メしていると、倒れた人をほっといてるみたいで、気が引けました。下駄箱さん、ごめんなさい。
     
この時期の風は、ひと風ごとに、春に近づきます。
この時期の雨も、ひと雨ごとに、春の準備をしてくれます。
(先に雨に降っていただけると、砂埃も舞わなくて助かるのですが…勝手ですね)
    
春の足音が近づいてきました。
あっ、さっきの「ドッターーーン!!!!~☆」が足音だったのかな!?
でっかい足音でした。

2007年2月27日 (火)

何が目的なのでしょう

墓地を歩いていて、ついに発見してしまいました。
お墓に向けて挿さっている墓地花を。
 
昨年末、占いのおば様がテレビで
「墓地花をお墓に向けて挿したら、運が良くなった」
というようなことを言われたそうですね(私は番組を見ておらず、話を聞いただけなので、受け取り違いがあったらすみません)。

その真偽がどうとか、信じちゃいけないとか言いたいのではありません。
自分の運を良くするためにお墓参りをするんですか?
そのことを問うてみたいのです。
 
運が良いとか悪いとか、亡き人が迷っているとか、亡き人のせいにしないでください。迷っているのは私じゃないですか。
 
よそのお寺さんから寺報(お寺の新聞)が届きました。そこにも、
「お墓はタワシでこすってかまいません。ゴシゴシ磨いてあげてください」
と、書いてありました。
先のおば様は、
「100円ショップでスポンジを買ってきて、それで洗いなさい。タワシでこすっちゃダメよ」
って言ってましたね(そこは偶然見てました)。
   
お墓参りに、特に制約はありません。
墓前で手を合わせるだけでも、水をかけるだけでも、スポンジで磨いても、タワシでこすってもかまいません。そこに、亡き人との出会いを通して今の自分があるという気持ちがあるならば。
お墓参りするおこころを大切にしていただきたく思います。
 
以前、お花の向きについて書いたことがあるので、そちらもお読みください(こちら)。

2007年2月26日 (月)

東京5組 同朋会

2月24日(土)西蓮寺にて、東京5組同朋会「真宗基礎講座」が開催されました。
 お話  二階堂 行壽さん(新宿専福寺ご住職)
 テーマ 法名を名告るということ
       -人間の根源的要求-

60名ほどの方にご聴聞にお出かけいただきました。
ありがとうございます。

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上:住職が書いた看板
下:坊守が生けた桃の花
さて、私は何をしたのでしょうか?
  
トピックスブログに、行事案内があります。

2007年2月23日 (金)

大悲無倦常照我

(続きもの…最終回です)
阿弥陀如来の救いとは…既にその救いの中にいる私たち。
 
 阿弥陀仏国に満足できない
  理想郷(欲望成就の世界)を求める 

 救いの対象を限定してしまう
  人間こそ生物の長であると主張する 

 人間に限定した上に、さらに限定する
  生きていることが“いのち”と勘違いしている
 
大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)
         (親鸞聖人「正信偈」より) 
このような私だけれど、阿弥陀如来は常に見捨てずに、常に慈悲の光明で包んでくださっています。

「無倦(むけん)」とは、「あきることなく」ということ。
「あきる」といえば、「飽きる」という字を思い浮かべると思います。
「飽きる」とは、満足して「飽きる」ということ。食べ物が満ち足りていることを「飽食」といいますよね。

「倦(あぐむ)」にも「あきる」という意味があります。
「倦」という字の「あきる」とは、ものごとを為すことが出来ずに「あきる」ということ。ものごとを成就できずに「投げ出す」ということ。
つまり「無倦」とは、阿弥陀如来は、「阿弥陀仏国に満足できない」「救いの対象を限定してしまう」「人間に限定した上に、さらに限定する」私のことを、「もういいよ!!」なんて言わずに、見捨てることなく救ってくださっているということ。
 
☆ 

阿弥陀さまを信じれば信じるほど、救いを望めば望むほど、それらの想いが純粋であれば純粋であるほど、
 「救いってなに?」
 「阿弥陀さまの世界なんてあるの?」
 「こんな世界、もう嫌だ!!」
と、思ってしまいます。
そう、私たちの方が「倦きて(あきて)」しまうのです。諦めてしまうのです。他に拠り所を求めてしまうのです。
阿弥陀さまは、そんな私を見捨てません。だからこそ、私は今、阿弥陀仏国にいるのです。
南無阿弥陀仏
 

長~い「つぶやき」に付き合ってくださってありがとうございます。「念仏衆生摂取不捨」というカテゴリーでくくらせていただきました。

2007年2月22日 (木)

願いは叶う 願うからこそ叶う

(まだ続きます)
「今生きていることが、阿弥陀如来の救いです」と、書きました。
そのように書いてしまうと、お腹の中で生きている子・既に亡くなられた人は救いから外れた者なのかという疑問を持たれてしまうかもしれない。
でも、ちょっと待ってください。そこには、確かにいのちがあるのです。「あった」ではなく、「ある」です。
現代は「生と死」を分けて考える癖がついているので、先のような疑問につながってしまうけれど、「生と死」はひとつです。生の果てに死があったり、生をいただけなかったことを死と言うのではありません。「生死一如」です。
「生と死」を別物として考えるから、「人間死んだらゴミと一緒だ」と言う人がいたり、亡き人があの世で迷っているという想いに囚われてしまう。
医学的・社会的に、どこかで「生と死」をハッキリ分けなければいけないのでしょうが、“いのち”は区切って考えられるものではないのです。
お腹の中で生きていたとしても、何歳で亡くなろうとも、すでに亡くなっていようとも、そこには“いのち”が連綿と受け継がれ、この阿弥陀仏国にあるのです。
発想の飛躍と思われるかもしれませんが、お子様に恵まれないご夫婦の元にも、子どもがいるのです。だからこそ「授からない」「生まれない」という慕い(おもい)が湧いてくるのです。そこに、実体はなくても、“いのち”があるのです。
 
「いのちを大切にする」ということが、「人(自分も含む)を傷つけない・殺さない」ということだけになってはいないでしょうか。
先に述べた、誰もが阿弥陀仏国を生きているという事実を見つめることが、「いのちを大切にする」ということではないでしょうか。
 

   
阿弥陀如来が救いたいと願ったのは、人間ではなく、衆生。「衆生」とは、「生きとし生けるもの」のこと。すべての生きとし生けるもの。人も、動物(便宜上分けました)も、植物も、もっと言えば天候や天体など自然界すべてひっくるめて衆生なのでしょう。
人間だけでも生きて生けないし、犬やネコだけでも、牛や豚や鳥だけでも生きて生けない。特定の生物だけでは生きてはいけない。みんながいるから私がいる。私がいるからみんながいる。
もし阿弥陀如来の救いの対象が、特定の生き物だけならば、それは、はじめから叶わぬことを意味する。
 
ありとあらゆる生き物がいるのに、人間は生物の長だから救われるという人がいる。
「南無阿弥陀仏」と称えることができるのは人間だけだから、衆生とは人を指すという人がいる。
赤ん坊は「南無阿弥陀仏」と称えることができないから救われないという人もいる。
ありとあらゆる生き物に、すでに阿弥陀如来の救いが成就しているのに。
もし阿弥陀如来の救いの対象が、特定の生き物だけならば、それは、そのように言ってあげなければ気付いてもらえないから(言っても気付いてもらえないか)ではないだろうか。


 
阿弥陀如来という大きい存在があって、阿弥陀さんの救いの対象として衆生がいるように想像してしまいます。
阿弥陀如来の作った救いの国に生まれているかのように書いていました。
 
阿弥陀さんと私(衆生)を分けて考えていました。
阿弥陀さんが私の“いのち”なのですね。
阿弥陀仏国とは、“いのち”をいただいている私そのものだったのです。

2007年2月21日 (水)

阿弥陀仏国

(まだ、昨日の続き)
阿弥陀如来は、生きとし生けるものすべてを救いたいと願います。そして、「南無阿弥陀仏と念仏申す衆生を救おう」と誓いを立てられます。
 
さて、生きとし生けるものすべてを救いたいと願いながら、念仏申す衆生を救うとは、矛盾しているようにも、対象を限定しているようにも受け取られます。どういうことでしょう。
 
念仏申した衆生(生きとし生けるもの)は、阿弥陀如来の国へ生まれることが約束されます。
 では、念仏申さぬ衆生は救われないのか。
 念仏申すといっても、どのように申せばいいのか。
 阿弥陀如来の国とはどういう国なのか。
いろいろと疑問点・不審点が湧いてくることでしょう。
 
昨日、「浄土」について書きました。。
浄土とは、今私が生きているこの世界である、と。
念仏申す衆生が生まれる阿弥陀仏の国、浄土が、今私が生きているこの世界であるならば、私はすでに阿弥陀仏の国に生まれているのではないでしょうか。
そう、すでに阿弥陀如来の救いが、私の身に成就しているのです。私は既に救われているのです。 

人として生まれ育ってきた私。そうすると、人として生まれたことは当たり前のことになってしまう。なんの感慨も感動も感謝もないことでしょう。

人身(にんじん)受け難し、いますでに受く
              (三帰依文より 典拠『阿含経』)

人ととして生まれることは、とても難しいこと。はっきり言って、生まれることすら有り得ないことのに、今私は人としてのいのちをいただいている。
 
阿弥陀仏国のこの地に、人としていのちをいただいた。それは、どれだけ稀なことであろうか。
私が今ここに生きているということは、阿弥陀如来の願を受け、その願いが成就したから。

お念仏申すことに、効果や意味を求めてしまう。 
 阿弥陀如来や阿弥陀仏国の有無
 南無阿弥陀仏と念仏申したらどうなるのかという問い
 宗教なんて信じないよと言う無関心
それらの思いは、すべて私の我執の産物。
今私が生きている。そこに阿弥陀如来がいらっしゃいます。
南無阿弥陀仏と称える者のみ救おうと願われたのではない。すでに南無阿弥陀仏と称えていたから、生きとし生けるもの すべてが いのちをいただいている。
前世でお念仏称えていたと言っているのではありません(勘違いしないでくださいね)。
すでに誰もが、阿弥陀如来の救いの中を生きているということ。
阿弥陀如来が「すべての衆生を救いたい」と願われた。「念仏申す衆生を救おう」と誓われた。
矛盾でも限定でもない。
生きとし生けるものすべてが、念仏申す衆生であった。
   
  
光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨
                『観無量寿経』

阿弥陀如来の慈悲の光明は、世界中の生きとし生けるものを照らしている。「南無阿弥陀仏」と念仏申す衆生を救いとり、見捨ててしまうことはない。

2007年2月20日 (火)

浄土

(前の文章の続きです)
なんてことを書いたけど、環境・境遇を愚痴りたくなるのは、仕方がないこと。なにかしら言いたくなるものです。
愚痴を無理に押し殺すよりは、吐き出してしまった方がいいですよ。吐き出せるお友達、いますか? 友達がなにか吐き出したそうにしているとき、「一緒にご飯でもたべようか」って誘える私ですか?
 
さて、愚痴も出て、文句も言いたくなるこの世ですが、果たして愚痴や文句の正体ってなんでしょう?
前の文章でも書きましたが、愚痴や文句の正体・根拠は、実は私なのかもしれません。
じゃぁ、私が身を律すればいいのか。私が行いを正せば環境・境遇は良くなるのか。
そこに徹底できればいいけれど、出来ないのです。「私がこれだけやってるのに」「やっぱり、どうにもならないや」と、また愚痴が出てくることでしょう。
環境・境遇のせいにしていては、何も変わらないのです。
 
愚痴・不平不満のない世界を求めます。
そういう世界を浄土と言います。言いますが、私たちが求めているのは理想郷です。浄土や極楽を、自分の欲望が成就した国を想いがちですが、そんな世界は浄土とは言いません。
自分の欲が見えずに愚痴をこぼしている私が、愚痴の出ない世界を求めても、その世界が叶わないとまた愚痴をこぼし、願いが叶ったところで、またその世界で愚痴をこぼすことでしょう。
 
経典には、様々な形で浄土や極楽世界が描かれています。ひと言で浄土と言っても、その描写はいくつもあります。
そんなに勉強しているわけではないので、様々な浄土の様子を語ることも出来ませんが、浄土の説明を聞いたときに、私が「ぜったいその世界に違いない!!」と、目からウロコの話があります。
 
浄土…今私たちが住んでいる世界のことです。
今私達が住んでいるこの世界が、この世界のままで浄土となるのです。でも、唯一違うのは、私のこころ。
「愚痴・不平不満のこころが、もったいないと想えるこころになる」
足りないと愚痴っていたけれど、“ある”だけでも有り難いこと。
食べ物も着る物も足りない、それを足りない足りないと言い続けるのか、足りなくても人に譲れるのか。
不思議なもので、「足りない足りない」と言ってるうちはいくらあっても足りないのです。あること自体を有り難いことと喜べれば、「足りない」という愚痴は出てこないものです。

今の世界となんら変わらないのだけど、
「足りない」と愚痴るのか、
「どうぞ どうぞ」と譲り合えるのか。
それだけのことで、今の世界が、そのまま浄土となるのです。
 
そんなふうに「浄土」の説明をしていただいたとき、感動したことを覚えています。
「浄土」って、死んでから往く世界でも、どこか遠くにある理想郷でも、お経の中だけの物語でもありません。
今のこの世なのです。 
 
そんな浄土じゃご不満ですか?
それこそ浄土と喜べますか?

(余談)
「お前さぁ、人間を良い物と思いすぎだよね」なんて言われことがありますが、こんな浄土観が私の中にあるからなのかもしれません^^

2007年2月18日 (日)

鏡に映る私

上に立つ者が、そこに集う人々を見るとき、どうしても負の部分が目につく。
何が不満なんだろう。何が気に入らないんだろう。何が嫌なんだろう。
そのように思ったとき、その思いの背景に、「私がこれだけのことをしているのに」という思いがないだろうか。
「こんなにいい環境なのに」「こんなにお給料がいいのに」「こんなにあなたに合わせているのに」
「いったい何が不満なのさ!!」 そんな愚痴が出てしまうのは、正直な気持ちなのだと思う(中には、自分のことを棚にあげている人もいるだろうけど)。
 
そこで、ちょっと見方を変える。自分に非がないと思っているかもしれないけれど、でも思い切って違う視線で物事を見てみる。
「いい環境を作っているだろうか」「お給料は足りているだろうか」「相手のことを思っていただろうか」
果たして、私はこの人(自分)と一緒に居たいと思うだろうか。
  
立場変われば思いも変わる。

育ててもらっている。雇ってもらっている。そばに置いてもらっている人が、その長を見るとき、どのように見ているだろうか。
心底感謝している人もいることでしょう。
恨みを抱いている人もいることでしょう。
「住みにくいなぁ」「もっと金出せ」「付き合ってらんねぇよ」
「鬱陶しいなぁ」 そんな叫びは、正直な気持ちなのだと思う(叫びを押し殺す必要はないけれど、言っていいことか悪いことかは、考えなくてはいけない)。

そこで、ちょっと見方を変えてみる。自分は悪くないと思っているかもしれないけれど、でも思い切って自分自自身を見つめてみる。
「雰囲気を悪くしているのは自分じゃないだろうか」「お金に見合ったはたらきをしてきただろうか」「私に付き合ってきてくれたんだなぁ」
果たして、自分で自分がうざくないだろうか。

2007年2月16日 (金)

まちがい

「一歩間違っていたら、俺もああなっていたかもしれない。気をつけないといけないな」
 
気をつけるのは勝手だけど、
「間違った結果、ああなった」のだろうか?

  

2007年2月15日 (木)

陽ざし

東京では、昨日春一番が吹き、今日は暖かな一日となりました(風が強かったですが)。
暖冬とはいえ、やはり冬の暖かさと春の暖かさは違いますね。今朝は水仕事がとても楽でした。
 
昨日の読売新聞朝刊の「編集手帳」に、詩人の伊藤桂一さんの詩が紹介されてました。

     微風
   掌(て)にうける
   早春の
   陽ざしほどの生甲斐(いきがい)でも
   ひとは生きられる

  
春を迎えたとはいえ、まだまだ寒さが続きます。そんな寒さの中、ポケットから出した掌に、春の陽ざしがあたるとき、どれほどの暖かさを感じることでしょう。そんなちょっとした温もりでも、ひとを生かす力となるものです。
どんなに心地よい陽ざしを全身で浴びても、その中にドップリつかっていたら、その心地よさは伝わらない。
どんなに寒く、身震いし、生きる希望を見失っていても、ほんのチョットのぬくもりが、私に生きる力を与えてくれる。そんな、ほんのチョットの生甲斐で、私は生きられる。
 

 
昨日は西蓮寺の聞法会でした。
新聞に関係なく、「阿弥陀さまの光明」についてお話するつもりでした。
  
阿弥陀さまの、衆生を救いたいという光明(願い)は、生きとし生けるものすべてに届いています。でもその光と言うのは、全身で浴びるような光ではなく、伊藤さんの詩にあるような「早春の陽ざしほどの」光明なのかもしれませんね。その陽ざしを浴びているからこそ、「ひとは生きられる」のではないでしょうか。
 
そんなお話をさせていただきました。
 
南無阿弥陀仏と掌を合わす。その合わせた掌に、阿弥陀さまの陽ざしを感じませんか?


2007年2月14日 (水)

じゅうえん

坊守と私(かつ)との会話です。
  
(坊守)「夫婦って不思議よねぇ。ある人とある人が出会って、結婚して。出会いも不思議だし、そこから結婚に至るなんて、もっと不思議よねぇ」
  
(かつ)「ご縁だねぇ」
 
(坊守)「お父さんとお母さんは“じゅうえん”よ!!
 
(かつ)「そうだねぇ^^」(相変わらず口数少ないなぁ)
 

 
私の「ご縁だねぇ」を受けて、母は、五円と十円をかけて、“じゅうえん”と表現したのでした(説明するまでもないですね)。
住職との「ご縁だねぇ」では言い尽くせぬほどの出会いを経て、こんにちに至るまでの出来事をすべて含ませた重い重い“じゅうえん”と受け取りました。
“じゅうえん”の響きがリアルに感じました。息子として、副住職としてふたりの苦楽を見てきたし、共に生活してきたので。 (“ひゃくえん”とか“ごひゃくえん”なんて言われてたら、「つまらないシャレだねぇ」なんて悪態ついてたかもしれませんが^^;)。
 
ご縁ご縁、ふたりのご縁で重縁ですね。
  

  
今日はバレンタインーだそうですね(他人事!?)。
本命にしろ、義理にしろ、チョコを渡す(渡される)ご縁をいただいているのです。
いつの日か「“じゅうえん”の出会いだったなぁ」って述懐するおふたりもいるかもしれませんね。
 
チョコをもらう前に、阿弥陀さまから“じゅうえん”をいただいているのでした。
 

2007年2月13日 (火)

時代の要請

今、私に出来ることが、
 今、私が出来ること。

    
いろいろと任せられたり、
やってみたいことが見つかったり、
この程度の私でいいのだろうかと卑下したり、
手を付けなければいけない気になることがあったり…
    
まだ早いですよと腰が引けたり、
時期尚早と判断されてしまったり、
もっと経験を積んでからと思ったり、
まだまだ未熟だからと遠慮したり、
まだ先でいいですと逃げたり、
もういいやって投げ出したり…
   
「もっと経験積んでから」とは言うけれど、経験を積むために何かやってる?
経験積んでから何か手がけるよりも、何か手がけながら経験を積んだ方が身につく。

やさしい闘いに勝つよりも、厳しい闘いに負ける方がよっぽど力になる。
                       映画「陽はまた昇る」
  
「まだ先で大丈夫」なんて思っていると、あっと言う間に時間が経ってしまう。
あの時に手を付けていたら。あの時に済ませていたら。
いつの間にか、忘れ去られてしまうことでしょう。
 
「まだできません」「まだ早いです」「そのうち、いつか」
卑下したり、逃げたり、先延ばしにしないで、今、やってみればいい(って、無責任でしょうか?)。
 
「今、やってみればいい」とは言ったけど、
今、私に出来ることが、私の身に要請されて来るんじゃないかなぁ。
やってみれば、できることなんだと思う。
今、私が出来ることが、やっているうちにどんどんどんどん身に付いていく。

2007年2月12日 (月)

ぼくの細道

○昨日の文章で、映画のPG12について触れました。
(昨日は「12禁」と書いてしまいましたが、詳しくは「PG12」だそうです。「PG12」とは、「12歳未満のお子さんは、成人保護者同伴が適当」という意味だそうです(“適当”って…)。親と一緒なら見てもかまわなかったのですね。失礼しました)
 
○リンクさせていただいている因速寺さんの「住職のつぶやき」に、電車の女性専用車両での出来事について書かれています(2月12日)。

○ニューヨークの議会で、横断歩道歩行中に携帯での通話や「iPod」を聞くことを禁止する法案の提出が考えられているそうです。
(もし禁止にしたいのなら、車の運転中にテレビを見ることとか、歩きながらメールを打つこととか、先に禁じることがたくさんあると思うのだけど。
自転車乗るために、免許証が欲しいですか? 今のように、歩行者無視で自転車に乗っていたら、そのうちきっと免許制になってしまいますよ)


 
「○歳以下はダメ。~は○歳から」
「○○専用」
「○○中の△△は禁止」
 
快適な暮らしのために作られる決まりごとの数々。
実は生活を窮屈にしている。

法律や条例も、時代・状況・環境に合わせて変わる(変えようとしている)けれど、「合わせている」のか「合わせられている」のか分からない。
困ったことが起きた。同じことで困る人が出ないように、法律や条令をつくる。「あぁ、同じことで苦しむ人がいなくなってよかった」…なんて思っていたら、解釈の違いだとか、他の方法を見出して、隙を突いてくるヒトが現われる。
生活の中の法律だと思うんだけど、法律の中で生活している気がする。

決まりごとが多くなれば多くなるほど、道は細くなっていく。
だから、どうしたら歩きやすくなるか考える。自分さえ歩きやすければいいなんてことを思ってしまう。道ではない所を歩き出してしまう(道を踏み外す)。そういう人が増えると、「そんなことまで決まりごとにしなくていいじゃん!!」 なんてことまで、決まりごとにしてしまう。

聖徳太子のころは、お国の決まりごとが17個(十七条憲法)。それだけで充分だったんですよね。
そのたった17の決まりごとを受けて、個々人それぞれが「やってはいけないこと」「やるべきこと」を想い、感じ、実行していた。“みんなのため”に。「みんなのためにやってはいけないこと」「みんなのためにやるべきこと」はなんだろう。
今は、自分のために思い、主張し、行動する。「自分のためにやってはいけないこと」「自分のためにやるべきこと」ってなんだろう。
(「自分のためにやってはいけないこと」を自分がしない…のではなくて、周りの人間は「私のためにやってはいけないこと」をしてくれるな。
「自分のためにやるべきこと」を自分がする…のではなくて、周りの人間は「私のためにやるべきこと」をしてくれ)
 
 
みんな細い細い道を、窮しながら歩いているんだなぁ。大らかで穏やかで大きな歩きやすい道を歩いていたはずなのに。
 
「ちょっと窮屈さを感じませんか?」ってつぶやきでした。

2007年2月11日 (日)

生きろ!!

おいらは憎しみを捨てる!!
   だからお前は生きろ!!

           映画「どろろ」より

昨日、映画「どろろ」を見てきました。
感想を詳しく書いてしまうとネタバレになってしまうので書きませんが、人のこころを取り戻していく百鬼丸の姿が格好よかったです。
 
ところで、「どろろ」は12禁のはずなのに、お子ちゃまがたくさんいらっしゃってました。
 
「最近の子は幼いねぇ(13歳以上には見えないねぇ)」(byわたし)
「どうみても小学生だろ!!」(byつれ)
 
12禁の必要のあるなしを問いたいのではなく、12禁なんだから、12歳以下は入れてはいけないのではないかと思ったのです。大人料金で入場してたのかなぁ。
でもみんな静かに見てたなぁ。血が飛び散っても、肉体再生のシーンも、驚かないんですね(ゲームの方がリアルか)。

映画館で映画を見るのは、やっぱりいいですね(上映時間2時間半はちょっとおしりが痛かったけど)。

(付記)
「12禁」と書いてしまいましたが、詳しくは「PG12」だそうです。
「PG12」とは、「12歳未満のお子さんは、成人保護者同伴が適当」という意味だそうです。
親と一緒なら見てもかまわなかったのですね。失礼しました。

2007年2月10日 (土)

リラックス

日が経ってしまいましたが、加賀研修会のご報告です。
1月30・31日、加賀に行ってきました。
今年の9月から、お仲間のお寺20ヵ寺合同で講座を開催するのですが、その講師をお願いした先生に会いに行ってきました。
講師の先生は佐野明弘さん。加賀の光闡坊(こうせんぼう)を守っておられます。
講座のスタッフ5人でお邪魔して、講座に向けての各自の想いをお伝えし、先生からお話をいただいてきました。
 

  
30日、朝8時羽田空港集合。寺を6時前に出ました。
朝起きると食卓の上に坊守からの手紙が。
心身共にリラックスしてきて下さい。行ってらっしゃい。 母」
ここ数ヶ月休みらしい休みを取ってなかったので、気を遣ってくれてのお手紙です。ありがとうございます。
でも、手紙を読んだ時は、「でも仕事なんだよねぇ」と思ってしまいました。
     
住職が吉祥寺まで車で送ってくれました(烏山から羽田空港までは、電車だと乗り継ぎが面倒なので、私は吉祥寺からバスを使います。電車だと2時間近くかかるのですが、バスだと1時間程度で着きます。渋滞につかまらなければ)。
 
「行ってらっしゃい」
私を降ろして、住職は寺に戻りました。朝早いのに、ありがとう。
父と母に感謝です(-人-)


 
羽田から小松空港までは45分かかりませんでした。ウトウトッとした瞬間に着いてしまいました。
寺から羽田よりも、羽田から小松の方が早いだなんて…。
 
恐れ多いことに、佐野先生がご自分の車で空港まで迎えに来てくれました。ありがとうございます。
空港から車で30分ほどのところに佐野先生が守っておられる光闡坊(蓮如上人ゆかりの道場)があります。

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昼食を済ませ、先生と車座になってお話をしてきました。
先ずはスタッフが講座に向けての想いや、自身が寺で生活をしていて抱えている悩みや問題を語り、その話を受けて、佐野先生は丁寧にお話をしてくださいます。
先生自身、真宗の寺に生まれたわけではなく、いろいろな紆余曲折を経て、真宗に、親鸞聖人に出遇われました。なので、一人ひとりの話をキチンと受け止め、それを正すでも注意するでもなく、ご自分のことに引き当ててお話してくださいました。
 
お話を聞いているうちに、私の中で変化がありました。
「あっ、今すごいリラックスしてる。すごい落ち着いた気持ちだ。こんなふうに聞法するのは久しぶりだなぁ」
リラックスと言っても、気を抜いているのではなく、「ここにいていいんだ」「ここが自分の居場所なんだ」という安心感です。驚きました。
元々、お話を聞くことは好きだったので、大学を出て寺に戻ってから、いろいろな場に足を運びました。とてもワクワクしながら聞法会や研修会に参加したものです。それこそ、リラックスしていました。
月日が流れ、自分が会を主催する立場・司会をする立場・話をする立場になることが増え、いつの間にか聞法が義務化・行政化してしまっていました。
そういえば、最近ワクワクしながら聞法してなかったなぁ。お話を聞くことって、楽しいことなのに、いつからか しんどいものになっていたなぁ(自分自身の問題として)。
それが、佐野先生のお話を聞いているうちに、フッと力が抜けたのでした。
「あっ、母の手紙の通り、心身ともにリラックスしてるなぁ」と感じました。


 
これから始まる講座は、全6回講座です。
前5回は、東京にて先生のお話を聞き、最後6回目に京都のご本山(東本願寺)に行きます。
佐野先生は、自身の経験を通した奥深いところからお話をされます。一度きりの単発の会よりも、連続講座でお話を聞き続けた方がいいと思います。講座を通して、先生の仰ることが身にしみ、法を聞く仲間もできることでしょう。

この講座に参加してみたいなぁ、詳しく知りたいなぁという方は、西蓮寺までお問い合わせください。
ご参加お待ちしています。一緒にリラックスいたしましょう^^
 

 
31日、東本願寺金沢別院にお参りしてきました。
 
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本堂前の三角屋根。なんだろう?と思いましたが、雪よけなのですね。
30日は1月の加賀とは思えないほどの快晴。31日は曇り空で、雨が降ったりやんだり。
1月中に雪が降らなかったのは、100年ぶりだとか。
三角屋根も淋しそうにしてました。
地元の人に尋ねて、別院近くのおすし屋さんで、美味しいお魚を堪能して帰りました。大将、東京から来たといったら、いろいろなものを食べさせてくれて、ありがとうございます。美味しかったです。


2007年2月 7日 (水)

キラキラひかる

真の文明ということは、すべてある人びとが福を植えた結果なのである。
   幸田 露伴『努力論』
 
(昨日のつづき)
便利になることは悪いことではないと思う。
「こうならいいのになぁ」「ああなればいいなぁ」という、ちょっとした希望に、努力が注がれた結果、便利になっていくのだから。
つまり、私たちの暮らしが楽になる、便利になるということは、私が知らない誰かさんの「希望・努力」の結晶なのです。目には見えないけれど、キラキラ光っているのです。
そう考えると、日本は特にキラッキラに光っている国なのではないでしょうか。

ところが、目の前にあるもの、生活の中にしみこんだものは、あるのが当たり前になってしまう。
あって当たり前、壊れるなんてもってのほか、「こうなれ」「ああなれ」の贅沢な欲求(欲求と希望は、似て非なるものですね)。

文明の発展は、当然の流れ。そこには、誰かさんの「希望・努力」が溢れている。
その誰かさんは、特定の人のために汗を流したのではないと思う。「みんなが暮らしやすくなるために」の想いに尽きると思う。損得勘定・かけひき・あの人のためであって、あいつのためではない等々、そんな想いが入り込む余地もないことでしょう。

そのように「ある人びとが福を植えた結果」の大地に、今私は立たせていただいている。生かさせていただいている。
そういうことに想いも馳せず、文明を享受しているだけでは、便利と共に、人の情(こころ)もなくしていくことでしょう。「ある人びと」が植えた福を、枯らしてしまうだけでしょう。
キラキラに光っているはずの国が、錆びついているのは、どうしてでしょう?

真の文明とは、福を植えた結果である。
「結果」とは、文明の発展だけを指すのではない。
文明が発展し、その背景にある「希望・努力」に想いを馳せ、ありがたく生かさせていただく人がいてこそ、植えた福が開花したことになるのではないでしょうか。

2007年2月 6日 (火)

比例

不便でも、それで充分満ち足りていた気がする。
便利だけど、便利なんだけど、全然物足りない。

不便と満足
便利と不満
…セットなんだなぁ。

不便であることと人情(ひとのこころ)が比例して、
便利になることと非情(こころをなくす)が比例する。

不便とは、
生活を工夫し、助け合い、情(こころ)を他人に向けられること。
便利とは、
生活が怠惰になり、人を頼りとしなくなり、情が自分にだけ向くこと(自分にすら向かないのかもしれない)。

世の中便利になると、人間は退化する。


2007年2月 5日 (月)

よろこび

幸せとは

他人(ひと)の幸せを喜べること

不幸とは

他人(ひと)の不幸を喜ぶこと

2007年2月 4日 (日)

鬼はうち

節分といえば「鬼は外 福は内」が決まり文句のようですが、東北のある地方では、「鬼は内」と古くから伝統されているところがあります。
吉凶禍福全て受けいれて生きる人間の潔さが感じられます。「鬼もまた私なのである」と。

ネットで調べてみると、東北に限らず、いろいろな地域で「鬼は内」の習慣・伝統があることが分かりました。その由来はいろいろです。
 
○鬼にも《良い鬼と悪い鬼》がいて、良い鬼はうちへいらっしゃいという考え方。
○鬼の持つパワーを利用して、家の邪気や、災いごとを追い払ってもらおうという考え方。
○豆まきで追い払われた鬼が「鬼も内」と言ってくれた人に恩返しをするという考え方。
 
「鬼は内」の背景にもいろいろあるものですね。
「吉凶禍福全て受けいれて生きる人間の潔さが感じられます。鬼もまた私なのである」は、チョットきれいに受け止めすぎたかもしれません。豆まきで行き場をなくした鬼の力を借りる…鬼以上に鬼な私でした。

2007年2月 3日 (土)

願いの背景

1月は初詣 「家内安全・商売繁盛・合格祈願」
おさい銭 百円玉一ツ 
ぽんと投げて手を合わす おねがいごとの多いこと

                    (相田みつを)
   
2月は節分 「鬼は~そと~ 福は~うち~」

誰もが幸せを望むもの。「おねがいごと」が多いのも無理はありません。
さぁ、もし「おねがいごと・望み」が叶ったらということを考えてみましょう。
 
○自分の家だけ安全・平和だったらいいのですか?
○自分の商売だけ繁盛しても、お金は世間を回りません。
○自分が合格するということは他の誰かが合格できないということです。
○出て行った鬼はどこへ行くのでしょう?
 
他者の不幸を頭に入れて、自分の幸せを望んでいる人はいないでしょうが、そうは言っても、私の願いの背景には、他者を傷つける願いが含まれているのです。怖いことです。願い事をしている時は、周りが見えなくなっているのです。知らないうちに、他者を傷つけているいのです。
 
他者を傷つける行為を、私たちの持つ「心の闇」と表現します。でも、その闇が、私の中に有ることに気が付いていません。気が付かない、周りが見えない、他人に関心がない。闇の真っ只中にいるのだから、何も見えなくて当然です。自分の内も外も闇です。「外も内も闇~」。
しかし、真っ暗闇だからこそ、光を感じることが出来るのです。そう、仏の慈悲の光を。

2007年2月 1日 (木)

2007年2月のことば

  Dscf0203
       経(きょう)は経(けい)なり
       経(きょう)は鏡(かがみ)なり

 
今月のことばは、善導大師(ぜんどうだいし)が、『観経疏(かんぎょうしょ)』という著作で示してくださったことばです。別々の箇所に出てくるのですが、ふたつ並べて、簡潔に表わさせていただきました。
善導大師(中国・613~681)は、親鸞聖人(日本・1173~1262)にとって大事な先生です。生きた時代も国も違い、実際にお会いしたことはありませんが、善導大師が遺されたことばを通して、親鸞聖人は善導大師に直接に出遇われたのです。
 

  
経(きょう)といふは経(けい)なり。
 
善導大師は、お釈迦さまの教え(経)を、人生における「経(けい)」であると教えてくださっています。
「経(けい)」とは「縦糸」のことです。経は、人生における縦糸である。さて、どういうことでしょう。
織物は、縦糸と横糸から成ります。先ず、縦糸がしっかり正しく張ってあって、そこに横糸を通していきます。織物の表面に表われるのは、横糸でデザインされた模様部分でしかありませんが、その奥に縦糸があるからこそ、織物は彩り鮮やかに出来上がるのです。
私の人生にも、お釈迦さまの教えという縦糸が、しっかり正しく張られているのです。教えという縦糸に支えられているからこそ、日々の生活という横糸を通すことができる。だからこそ、人生という織物を完成させることができるのです。
日々の生活、楽しいこと・幸せなことがあれば、苦しいこと・つらいこともあります。横糸の色が美しいときもあれば、汚れてしまうときもあるでしょう。でも、たとえ横糸がどのような状態であろうとも、縦糸は、しっかりと横糸を受け止めてくれます。
一生をかけて作り出す織物は人それぞれ違います。ひとつとして同じものはありません。さぁ、私の人生という織物。どのような模様が出来上がることでしょう。
 

 
経教(きょう)はこれを喩(たと)うるに、鏡のごとし。
 
もうひとつ、善導大師は、お釈迦さまの教え(経教)を鏡に喩えられています。
経は、私を映し出す鏡です。美しい面もあるのかもしれませんが、恐らく私のこころの醜い面・汚れた面・見たくない面ばかりを映し出してくれるのでしょう。
 
こんなことを言われたことがあります。
「お釈迦さんがいた頃と今とでは、あまりに環境が違いすぎる。教えが時代に追いついてないですね」
さて、そうでしょうか?
人間を取り巻く環境は、お釈迦さまが教えを説かれたころとは比べ物にならないほど変化したのかもしれません。経は時代遅れだと見下したり、知識として経を学んでいたのでは、教えから学ぶことはなにもないことでしょう。だからといって、教えが時代に追いついていないのではありません。
  
日常鏡を見るとき、自分の良い面しか見ません。あるいは、良く見えるように体裁を整えます。そのような見方で鏡(経)を見て、そこに映った自分の姿を見ても、私の本当の姿は見えません。
鏡は、私の姿を映し出すと共に、光を集めて私を照らし出してもくれます。「鏡」の喩えは、光に照らされている私であるということを表現されているのではないでしょうか。
経は、私の姿を照らし続けてきました。人々は、照らし出される自分の姿を見続けてきたのです。いつの世も、人を照らし出してきたのです。だから仏教は古びることがありません。しかし、いつの日からか、私の曇った目で経を見るようになってしまいました。経が古臭く、時代遅れで、役立たずに見えてしまうはずです。
私を映す鏡として経を見たとしても、所詮見ているのは私の目。教えが時代に追いついていないようにも思えてしまうはずです。しかし、私を照らし出す鏡として経をいただくことができたなら、今の私を、私自身が受け容れられることでしょう。鏡に映る私のこころは、汚れ濁ったものです。自分を知らされます。だけど、汚れた私を知らされるにもかかわらず、恥ずかしく感じるのではなく、生きる力となるのです。汚れ濁った私を、私のままに救いたいと願う阿弥陀如来の光を私に照射しているのですから。
 
お釈迦さまの教えは、遠いインドの国で遥か2500年前に説かれた、異国の昔話ではありません。
私が生まれる以前から私という人間を見抜き、常に私に先立って、今まさに私の歩く道を照らしているのですから。
 
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