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2007年1月24日 (水)

こころは見えるよ

おじいちゃんのからだは見えないけど、こころは見えるよ

火葬場にて、おじいちゃんがお骨になられて、それを見たお孫さんのひと言。
こころを通して、お孫さんに伝わるものがあったのですね。

亡き人と生きている私、そこには何か太いつながりがあるものです。
それなのに、小賢しい知識で考えて「亡くなったらすべて終わり」とか「不吉だから、これはしてはいけない」「こうしなければいけない」とか迷ってしまう私。
 
亡き人は、私を迷わせるために死んだのですか?
亡くなった人とは関係が切れてしまうものなのですか?
 
思い込みという壁で、亡き人からのこころをシャットアウトしてしまわずに、「こころは見えるよ」と、素直に頷きたいものです。
日がどうとか、方角がどうとか、そういうことを気にする必要がないんだということに頷けます。
迷っているのは亡き人じゃないんだ。私の方だったんだってことに気付かされます。
 
ちなみに、そのお孫さんは5歳です。
「こころは見えるよ」のひと言に、たくさんの大事なことが詰まっています。
大切なことを教えていただきました。
ありがとうございます(-人-)

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