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2006年12月13日 (水)

生命は

   生命は   吉野 弘
  生命は
  自分自身だけでは完結できないように
  つくられているらしい
  花も
  めしべとおしべが揃っているだけでは
  不充分で
  虫や風が訪れて
  めしべとおしべを仲立ちする

  生命は
  その中に欠如を抱き
  それを他者から満たしてもらうのだ

  世界は多分
  他者の総和
  しかし
  互いに
  欠如を満たすなどとは
  知りもせず
  知らされもせず
  ばらまかれている者同士
  無関心でいられる間柄
  ときに
  うとましく思うことさえも許されている間柄
  そのように
  世界がゆるやかに構成されているのは
  なぜ?

  花が咲いている
  すぐ近くまで
  虻(あぶ)の姿をした他者が
  光をまとって飛んできている

  私も  あるとき
  誰かのための虻だったろう

  あなたも  あるとき
  私のための風だったかもしれない
    
      
      
   
私も あるとき 誰かのための虻だったろう
誰かのために生きている私。
自分では気がついていないだけ。
役に立たない人間・生きてる意味がない人間なんていない。
私がいるだけで、生きる力をもらっている人がいる。 

あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない
あなたがいてくれるおかげで、生きる喜びをもらっている私。
自分では気がついていないだけ。
なにもしなくても、会ったことも話したこともなくたって、
あなたの存在が、私に生命の風となってとどいている。

人は、見えないところでつながっている。

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