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2006年11月 4日 (土)

一期一会

この人に出会えたから、今のこのような自分になったと思える人の一人です
俳優の水谷豊さんが、松田優作さんのことをそのように語っていました。(テレビ朝日「スマステ-6」より。聞き覚えなので、正確なことばではありません)。
     
いろいろな人との出会いを通して、今の私がいる。
そういう意味では、今まで出会った人・事柄・耳や目にしてきた情報など、一切のものが今の私を形成しているわけだけど、「この人と出会えたから」とハッキリ口に出来る人ってどれだけいるかな。
あなたにとっては誰ですか?  
「この人と出会えたから」と言える人というと、親・先生・先輩など、目上の人が浮かぶ人が多いのではないだろうか。
水谷さんは、目を輝かせながら、松田優作との出会いがあったから、今の自分がいると語っていました(「相棒」の右京さんより「熱中時代」の北野先生のような感じでって言っても伝わらないか^^;)。そんな姿を見て、うらやましく思いました。
友人とか同期の人間に対して、「こいつと出会えたから」って言えるって、よほどの影響を受けたんだろうなって思いました。
ましてや、子供・教え子・後輩のことを「こいつに出会えたから」って言えるだろうか。
(余談…学生時代の恩師が、私のことを「大事な友だちです」と言ってくださったときは、衝撃と共に感動を受けました。「あぁ、そういうふうに思っていてくださったんだ」って。長いことご無沙汰してしまい、申し訳ありません)
         
      
でね、「こいつに出会えたから」って言える出会いがある人はいいなぁって話ではなくてですね、
誰にでもそういう出会いはあると思うんですよ。ただ、そういう出会いをしていることに気付いてないことって多いのではないでしょうか。そう思うのです。
しかも、良い出会いに限らず、悪い出会いも“今の私”を作るきっかけになっているのです。
その悪い出会いによって卑屈になったと言う人もいるかもしれないけれど、悪い出会いのおかげで良い方に向くということだって有る。
文章の流れで「良い・悪い」と書きましたが、そういう意味では「良い」も「悪い」もないのです。出会いは、出会いなのです。私を、私成り立たしめてくれる大切な出会いなのです。
 
松田優作さんの出演作を見たくなってしまいました。

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コメント

こんにちは~、かつさん。

>「良い」も「悪い」もないのです。出会いは出会いなのです。
ほんとにそうですね~。
マイナスのイメージがあっても、だからこそ「分かって良かった」と思うと、受取方で随分気持ちも楽になります。


亡くなられてみると、その人の生活感は(もちろんですが)感じなくなり、ただ精神的な「方向」が感じられて、「あの人だったらこうしただろう」とか「こんな私をしょうがないわねって、きっと笑ってるだろうなぁ」とか、心の頼りにしているのに気がつきました。出会いとは、また変わっていくものなのですねぇ。

☆riyoさん こんばんは
西蓮寺の報恩講の記事を書きました。
報恩講に、大事な人を亡くされた方が来てくださいました。
大事な人を亡くされて、法に出会う場に足を運ばれた。いや、亡くなられた方が連れてきてくださったんだと思います。
人は死んで終わりではない。後の人に何かを遺してくださっている。
「限りあるいのち、お前はどう生きるんだ!?」って、忙しく呼びかけてくださっているのです。

出会いは出会いなのです。自分で用意するのではなく、用意されている。生きるうえで、きっと意味があるんだと思います。

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