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2006年11月30日 (木)

ひとりじゃない

 如来に信ぜられ
 如来に敬せられ
 如来に愛せらる
 かくて我等は
 如来を信ずることを得る

            曽我 量深

阿弥陀如来に信ぜられ、敬せられ、愛せられている私。
だからこそ私は阿弥陀如来を信じることができる。
だからこそ私は生き抜くことが出来る。
 
誰からも信じてもらえない、敬われない、愛されないと思っていても、阿弥陀如来は私のことを想っていてくださる。それ以上、何が必要なのだろうか。
阿弥陀の想いに照らされて生きている私なのに、阿弥陀の想いを忘れて生きている。
ないないと途方にくれていたが、私の周りに満ち満ちていた。
勝手に迷っていました。でも、それが私。阿弥陀如来は、そんなこと百も承知。

阿弥陀の想いを、お釈迦さまは私たちに示してくださいました。
そのお示しを受け継いできた伝統、善導ー法然ー親鸞があって、今私にまで届いている。
                               
南無阿弥陀仏を称えられるのは、阿弥陀如来の想いが私に届いているから。
ひとりじゃないんだ…よかった

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