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2006年11月16日 (木)

仏法聞き難し

今朝のお勤めで読んだ親鸞聖人のご和讃

 七宝の宮殿にうまれては 
 五百歳のとしをへて 
 三宝を見聞せざるゆえ 
 有情利益はさらになし

自分の周りに欲しい物が満ち足りている生活。たとえそんな生活を500年送れたとしても、教えに出会うことがなければ、ただ虚しいだけの人生である。
このご和讃歌を読んだとき、境内に掲示してある ことば が思い浮かびました。

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教えに遇わねば 酒、カラオケでも又長生きしても むなしさだけが残る

人間の姿は、今も昔も同じですね。


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コメント

「仏法聞き難し」とは、聞かせていただいた人のみが言える感嘆の言葉でしょうね。「だから感謝しよう」と努めているようでは、まだ聞いていないのでしょうね。「空過者」とは、人生何百年生きても、それが台無し。生まれてきたこと全てを無駄にしたということでしょう。「無空過者」は正に「観仏本願力、遇」しかありませんね。

「三宝を見聞」ということで、三宝とは何かと最近感じるところをホームページに記しています。まだ完成していませんが、ご批判をいただければ幸いです。

☆まつさん こんばんは
生まれがたい生まれがたいというけれど、今すでに生まれている。
聞こえない聞こえないというけれど、今すでに聞こえている。
分からない分からないというけれど、分からない力のなかに、今すでにいる。
すべてが南無阿弥陀仏ですね(-人-)

「仏・法・僧の三宝に帰依する」とサラッと口に出してはいますが、大変な出来事なのですね。
HP拝見しています。ブログにて思いつくままに書いているのが恥ずかしくなってしまいます。

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