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2006年10月25日 (水)

自己紹介②

こんな環境で育った私です。
       
私は○○(地名)の出身です。
海が近くにあります。夏は毎日のように泳いでました。
名産は○○です。とても美味しいです。
夏には○○祭りというのがあります。知ってますか?
私の父は厳しくて、挨拶を欠かしてはいけないと育てられました。
母は優しくて、手紙を書くことが好きな人です。よくお礼の手紙を書く人です。
隣にはとても優しい老夫婦が住んでいて、小さいときからお世話になりました。
反対の隣には、夫婦とお子さんがひとり。家族一緒に遊びに出かけたこともあります。
小学生のころは野球部に入ってました。監督は厳しかったけど、練習が終わった後に一緒にお菓子を食べながら話すときはとても面白い人でした。
高校の国語の○○先生が好きでした。『○×な△△』という本を薦めてくれて、今でも私の大切な本です。   

念のために申しておきますが、架空の人物です。
これは自己紹介とはちょっと違うんじゃないかって? そうですね、自身のことよりも、自分が育った環境のことを述べてますものね。
実はですね、先日「自己紹介」という文を書いて、「自己紹介の内容が、自分の育った環境をお話する地域(海外だそうです)があるってことを聞いたことがあります」と教えていただきました。あぁ、素敵な自己紹介だなぁって思いました。

誰もが今まで育ってきた環境を経て、今の私がある。
   
 ご恩思えば みなご恩 この才市も ご恩でできました
                              浅原 才市

育てられたご恩、いただいたご縁を生かされてきた私。
そういうご恩を感じながら話せる人からは、「あぁ、こういうことを笑顔で言える人なんだなぁ」って感じられます。聞いてるほうもうれしくなります。その人の人柄が、とても伝わってくるような気がします。

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コメント

「アラヤ識」の中に「器世間(国土・環境)の種子」と「身体の種子」とが熏習されていて縁起している。これが曽我先生が仰る「国土にも血のつながりを感ずる」「身体は公のものである」ということでしょう。環境と身体の他に本当の自己はない。それを「自我意識(マナ識)」が環境と身体とを「自分のもの」と勘違いして執着している迷いの中に居る私です。

☆やすさん こんにちは
おかげで曽我量深選集を読み返しています^^

かつさん、こんにちは。

ごぶさたしています。
ブログの更新もすっかり滞りがちになったホッシーです。
育てていただいた周り(人や環境)に感謝というお話でしょうか?

おいら最近、人とのご縁にとても感謝することが多くなってきました。
昔は「あってよかったご縁」と「なくてもよかったご縁」が存在してましたが、最近は歳のせいか素直に感謝することが多いです。
まだまだ人生、旅の途中ですね。
いろいろな方を教科書に少しずつ成長していきたいと思います。
これも周りに育てられてるってことでしょうか。

☆ホッシーさん こんばんは
お久しぶりです。
九州旅行、楽しそうですね。ブログを読んでる私も旅している気分にひたれました。お帰りなさい。

「いろいろな方を教科書に」
あぁ、素敵なことばですね。
履修逃れせずに、たくさんの人からたくさんのことを学びたいですね。
「周りに育てられてる」
感謝の気持ちは、後から自然と湧いてくるとして、私という存在の身の事実ですよね。周りの人や環境があってこその私。当たり前のことだけど、つい忘れて生きています。

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