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2006年10月22日 (日)

自己肯定≠自己否定 自己否定=自己肯定

昨日、「自己弁護・自己肯定みたいですね。そんなつもりはないのですが^^;」と書きました。
今朝掃除をしながら、そういえば、それって面白い表現だなぁって感じ始めてました。
  
だって、私が発することばって「自己弁護・自己肯定」ですよね。「自己否定」するようなことって語らない。
もし「私が間違っていました」と言っても、「間違っていました」という自己肯定だし。
「私が悪かった」「どうせ私なんか」「罪悪深重の悪人です」もそうだなぁ。
そうか、真宗って、自己否定のようだけど、自己肯定なんだなぁ。

ただ、「自分こそ正しい」という想いしかない「自己弁護・自己肯定」なのか、
「自己否定」を含んだ「自己弁護・自己肯定」なのか。そこが大きな違い。
   
ことばは、人を助けもするし、傷つけることもある。同じことば だったとしても(たとえば「頑張って」とか)。
発せられたことばが「自分こそ正しい」ことばなのか、「自己否定」のことばなのか。その違いが、人に響くか傷つけるかという違いとなって表われる。

自己肯定は自己肯定でしかないけれど、
自己否定という内省を含んだ自己肯定は、南無阿弥陀仏と手が合わさることなんだなぁ。

落ち葉を掃きながら、そんなことを考えていました。
(「“自己”とはなんぞや?」なんて問わないでくださいね。きょうの思索が吹っ飛んでしまいますから。掃き集めた落ち葉とともに)

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