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2006年10月28日 (土)

黄色いユリ

玄関のお花は坊守が生けています。今はユリが生けてあります。
ちょうど花開き、ユリの芳しいにおいが、寺に来る方を迎えています。

昨晩、西蓮寺仏教青年会がありました。
参加者の女性が玄関に入るなり「あぁ、いいにおい!! このユリですね。綺麗!!」と言われました。ちょうどそこに坊守が通りかかり、その女性と坊守でユリを見ながらお話。
「美しいユリですね。においも素敵。坊守様が生けられたのですか? きれいなお花で迎えていただいて、ありがとうございます」
      
お花は親鸞聖人の屏風の前に飾ってあります。
「親鸞聖人と美しいユリの香、そして坊守様の温かいおこころで迎えていただいてありがとうございます」
会が終わってからお礼のメールが届きました。  
  
今朝、女性からお礼のメールが来ましたと坊守に話すと、
「あんなに喜んでくれて、あんなにお花を愛でてくれて、とても嬉しかった」
坊守は涙声で喜んでいました。

お花を喜んでくれる方のこころは、その花と同じように美しいです。

Pict0293   

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コメント

かつさん わたしも丁度今日 ゆりを見ました^^
結婚式で
白いゆりでした 生花独特の冷たさに少し触れて 美しいなぁと 思っていたので
今日 今 ここを読ませていただいて 偶然のようなそうでないような
思わず書き込みました

それから それに反するような ヒトの批判をたくさんした今日 上の記事に はっとさせられ(いえその前からとても嫌な気分でした) 自分のおろかさに これもまた 偶然のような偶然でないような・・・

かつさんには いつもどこからか 守っていただいているような気がします

偶然 は 偶然ではないなって ここに寄らせていただくと よく思います

☆美雨さん こんばんは
お久しぶりです^^

「偶然 は 偶然ではないな」ですね
ちゃんと つながっているんだなぁって思います。
  
もろい私 おろかな私
すべて私
もろさがあるなら、つよさもある
おろかなんだけど、かしこくもある
すべて私 どちらか片面だけなんてことはないのです(と、思う)

「上の記事」
書いた私が正義に立っていた。
先生の話がつまらないと言う人にも、なにか想いがあってのことなのに。
ここに書くことによって、責めていたのかもしれない。
ひどい私です。一日経って気付きました。

気付かせる いろいろがありました。
偶然は偶然ではないのです。

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