« 見えてないもんだなぁ | トップページ | 9月19日 »

2006年9月19日 (火)

水は いのち の源

東京は蒸し暑いです。
昨日はもっともっと蒸し暑かったですね。
どれくらい湿度があったことでしょう。

昨日、すごい湿気だなぁと思いつつ柱に手を当てたら、ビックリしました。
柱がかなり湿っていたのです。吸い込めるだけの湿気を吸い込んで、それでも足りなくて今にも水分が溢れ出てきそうな感触でした。湿気が多いときは柱や廊下が湿っぽくなりますが、これほどまでに湿っぽかったのは記憶にありません。

それほどまでに湿気が多かったのに、加工された柱やフローリングからは水分を感じませんでした。当たり前と言えば当たり前のことですが。

西蓮寺が現在の地烏山に移ってから70年以上経ちます。引っ越したときに建てた本堂や庫裡(クリ…寺の座敷や家屋)に使われている木材は、当然切り倒してから70年以上経っているわけです。
切り倒されてから年月が経っているけれど、今でも水分を吸収し放出している。呼吸もしている。
木は切り倒されてからも生きているんだなぁって感じました。

木の柱に手を触れてみたり、廊下に寝っころがってみると、全身に伝わってくるものがあります。
柱や廊下に含まれている水分が流れているんだなぁって感じたり、
柱や廊下が蓄えている熱が伝わってきて、あたたかく感じたりします。

人からだって、なにか伝わってくることがあるでしょう。
 溢れそうな涙を感じ取ることができるかもしれない。
亡き人からだって、ぬくもりを感じることもあるでしょう。
 恩という ぬくもり をかけられ続けていることに気付けるときがきっとくる。
そのためには、ふれあい(実際に触れるという意味だけでなく)がなければ、何も伝わってきません。

ふれあいの機会を持ちましょうというよりも、
人との関係を自分から拒否したり、鬱陶しく思っていても、既に私は ふれあい の中を生きている。
水分を、ぬくもりを、感じませんか?

感じられる日が、いつかくるはず。きっとくるはず。

« 見えてないもんだなぁ | トップページ | 9月19日 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 見えてないもんだなぁ | トップページ | 9月19日 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ