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2006年8月 9日 (水)

私は殺した

平和運動は大事だ。平和運動は非常に大事だ。大事だけれども、平和運動をやる人間が忘れてはならないことばのひとつに、
「わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。
 また害せじとおもうとも、百人千人を殺すこともあるべし」
                     (「歎異抄」第十三章)
ということばを肝に銘じて平和運動をやらなければ、
ほんとうの平和運動にならない。
 
                         武田 泰淳
      
1945年
 8月6日午前8時15分 広島に
 8月9日午前11時2分 長崎に原子爆弾が投下されました。

悪と善の対立は、大戦後61年経っても続く。収まるどころか、ますます拡大しながら。

「私のこころが正しくて殺さないのではない。
反対に、殺す気はなくても、100人1000人殺してしまうこともあるかもしれない」

あるかもしれないから「仕方がない」のではない。
殺さないように気をつけようというのでもない。
それは、自分を“善”に置いた発想。
戦いは、悪と善の対立ではない。善と善の対立。
自分は正しいという正義が、悪を設定する。悪を設定し、自分は善を気取る。そして、悪を叩く。
自分は人を傷つけないという善が、人を傷つける。
そして、自分をも傷つける。

すでに100人1000人殺されてきた歴史の上に立っている私であるという事実を忘れてはいけない。
事実に目を背け、事実に目を瞑った平和運動は、何も見えていないのだから。
  
   
    Pict0213_1
          <長崎平和公園 平和祈念像>


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コメント

本日は家で急用が発生したため、聞法会へ行くことが出来ず残念でした。「平和運動」も、正義を掲げて反対者を悪と決め付けて行なうのであれば自力のはからいでしょう。どんな戦争も、自分たちの正義を主張して始めたのでしょうから、それと根本は同じであろうと感じます。

☆まつさん こんばんは
どうぞご都合に合わせてご出席ください。
今日はこんな天気だったせいか4名の出席でした。
でも、少人数だったので、法話後はみんなしてお茶を飲みながらワイワイお話してました。

つい自分を正義に置いてしまう。
日常でも気をつけたいものです。

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