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2006年8月 8日 (火)

あぁ無常

 今朝もまた覚めて目も見え手も動く
  あなありがたし今日の命よ

                     平沢 興

“無常”について語ると、“死”を連想させる。
 形あるものいつか壊れる
 栄えるものいつか滅びる
 生あるものいつか死ぬ
切ないですか? けれど、物事の道理であり、真実。
しかし、“無常”とは、形ある間も、栄えてる間も、生ある間も“無常”。
壊れ、滅び、死ぬことを“無常”というのではなくて、動くということも“無常”。
だからこそ目が覚め、目も見え、手が動くことに感動を覚える。

壊れ、滅び、死ぬことを指して“無常”というのなら、生と死がハッキリと分断されてしまう。
 形あるものが壊れたら役立たず
 勢いあるものが滅びたらお払い箱
 生は輝きあるもので、死は輝きを失うもの
 生はみずみずしいもので、死は枯れたもの
 生は清いもので、死は穢れたもの
分断した想いによって、態度をコロッと変えてしまう。
分断した想いによって、死を、亡き人をおとしめてしまう。
分断した想いによって、ありがたさを感じなくしてしまう。


 形あるものいつか壊れる
 栄えるものいつか滅びる
 生あるものいつか死ぬ
すべて延長線上のこと。
壊れるから、滅びるから、死ぬからこそ美しい。

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コメント

多くの日本人にとって「無常」という言葉は「祇園精舎の鐘の声・・・」という切ない情緒として響くのでしょう。でも仏教が説く「無常」は「刹那生滅」で、真宗では「前念命終、後念即生」。常に新しい命に生まれる。どこかに留まることのない「無住処涅槃」。「寂静の心」をいただきながら、どこにも執着・停滞しない如来様まかせのダイナミックな命のはたらきを感じます。

☆やすさん こんばんは
「刹那生滅」
素敵な響きに感じます。阿吽の呼吸を生きるものの姿を言い当てたことばですね。
まさにダイナミック!!

明日、台風の影響が心配ですが、ご都合よろしければ「聞法会」にお出かけください。
お待ちしております。

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