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2006年7月 8日 (土)

既に道の上

 道は近きにあり
 迷える人は それを遠くに求む

                   清沢 満之

暗闇の中、どちらに歩いていいのか分からない。
自分がどこにいるのかさえも分からない。
たとえ道の上にいたとしても、それさえも気付けない。

自分のいる場所を照らしてくれるのが、仏の慈悲。
既に道の上にいたんだ!
あっちに進めばいいんだ!

道は照らされた。
しかし、今までいた場所が変わったわけではない。
苦難の凸凹道が、平らな道になったわけではない。

道の凸凹に変わりはないけれど、
光に照らされていたら、一歩一歩前に進める。時には休みながら。
道が見えなければ、どっちへ行っていいのか分からない。分からないけれど、立ち止まっていることは、もっと不安だから、むやみに動いてしまい、ますます迷う。

どうすれば光に照らされるのか?
光は、既にすべての人を照らしている。
光を見えないようにしているサングラスを、自分で取り外せばいい。
見えなくしているのは、私自身。


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コメント

早速、清澤満之先生のお言葉をいただきまして、ありがとうございます。


>暗闇の中、どちらに歩いていいのか分からない。


「照顧脚下!」ですね。禅者は脚下を照らすのでしょうけれど、われらは脚下から照らされていたのですね。

☆まつさん こんにちは
自分が大地を踏みしめていると思ったら、
大地があるからこそ立つことが出来ていた。
自分で懐中電灯を照らさなくても、
道は既に照らされていたんですね。

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