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2006年7月15日 (土)

枯れ木でも親族の木陰は涼しい

暑い日が続きます。
電車に乗ったり、建物の中に入って クーラーの涼しい風にあたりますと、生き返ります。
で、外に出るときは 入る前以上に蒸し暑い空気を感じます。

東京では、涼む時には 乗り物や建物の中に入ります。
木陰で休むということはないですね。
  
  
枯れ木でも親族の木陰は涼しい
は、お釈迦さまの ことば です。

お釈迦さまがお生まれになった国カピラヴァスツは、隣国のコーサラ国に滅ぼされてしまいます。
夏の灼熱の盛りだったといわれています。

お釈迦さまは、自分の生まれた国が滅ぼされそうになっていることを知り、駆けつけます。
コーサラ国の兵士がカピラヴァスツに向かう 街道沿いに立つ枯れ木の下でお釈迦様は座されます。兵の行く手を阻むかのように。
兵士の先頭に立つコーサラ国の王は、お釈迦さまの姿を見つけると、声をかけます。

「世尊(お釈迦さま)よ、どうぞ日が当たらない森の中で座禅をなさってください」

と、暗にその場から去られることをすすめます。
しかしお釈迦さまは静かに応えます。

「王よ、枯れ木でも親族の木陰は涼しいものですよ」

その ことば を聞いた王は、兵をコーサラ国に返します。

枯れ木に、日陰を作り出す繁った葉はありません。
ありませんが、どんなに枯れてしまっていても、親族の木陰、世話になったものの作り出す木陰は涼しいものである。
お釈迦さまは母国の滅亡を感じられていたのだと思います。
今にも滅びてしまいそうな わが故郷。たとえ滅びてしまっても、故郷・親族・ご縁をいただいたものは、私を守り育ててくださった大切なものに変わりはない。それらの縁によって、今の私があるのだから。
そのような想いが「枯れ木でも親族の木陰は涼しいものですよ」の ことば には含まれていると思います。
王も、ことば の意味を汲み取り、兵を返したのだと思います。
   
   
その後、コーサラ国の王はカピラヴァスツ国に向けて 二度出兵します。
一度目は、またお釈迦さまと同じようなやりとりをして引き返します。
しかし、最後に出兵したときには、お釈迦さまも母国最期の因縁を悟り、兵を阻止することはしませんでした。
終にお釈迦さまのカピラヴァスツは滅びてしまいます。

  
滅びる縁だと分かっていた母国だけど、
母国は滅んでしまったけれど、
私を育ててくれた恩に変わりはない。
受けた恩は計り知れない。

枯れ木でも親族の木陰は涼しい

この想いが続く限り、身は枯れ果ててしまっても、木陰はいつまでも私を涼しくしてくれている。守ってくれている。

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