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2006年6月26日 (月)

世間

「世間」というと、どんな言葉が思い浮かびますか?

 「世間の目を、世間体を気にする」
 「世間をお騒がせして、申し訳ありません」
 「渡る世間は鬼ばかり」はテレビドラマの題名。
  「渡る世間に鬼はなし」のもじりかな?
   
「世間」
…元々は仏教用語
「有情世間(うじょうせけん)」 生きとし生けるものすべて
「器世間(きせけん)」 生きとし生けるものすべてを棲まわせる自然環境

本来「世間」とは、私が身を置いているところをさす。自然界の中のさまざまな生き物の中の私。
そして、私自身の有様を浮かび上がらせることば。

今使われている「世間」は、人間だけの世界。私を中心とした、身近な範囲程度しか含んでいない。人間にしか視線が行ってない「世間」。
しかも、そんな狭い範囲の「世間体」や「世間の目」を気にしながらビクビク生きている。
   
   
「世間をお騒がせして、申し訳ありません」
悪いことをしたのなら、加害者ならば、被害者に直接謝るべきこと。
世間に謝ってどうするのか? 被害者自身よりも、世間に謝ることが優先される。
世間に身を置く私も、先ず「世間をお騒がせして、申し訳ありません」の一言を待っている。
悪いことをした人はいるのかもしれない。でも、騒いだのは、騒いだ人自身。
被害者よりも、世間に謝罪しなければと、フラフラしてる。
謝罪はどうしたと、第三者がイライラしている。


「世間」とは、私が身を置く この場所を指し、本来そこに落ち着いていられるはずのところ。私の居場所。
でも、ビクビク フラフラ イライラしている「世間」に落ち着いて いられるはずはない。

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コメント

「世間」ということで、聞き逃した東京鸞音忌の講演のテーマである曽我先生の「宿業本能」が思い浮かびました。「本能」というと現代人は生理学的なものを考えるのでしょうが、曽我先生の「本能」は私はアラヤ識だと思っています。アラヤ識の中に「有情世間」と「器世間」の両方の種子が熏習されていて縁起しているというのが天親様の唯識の教学です。だから曽我先生は「一切の有情にも、国土にも血のつながりを感ずる」と仰るのでしょう。


「本能」というと一切の人間が持っている否定することが出来ない根本的な欲求というのが常識的な見解だと思いますが、それで当たっていると感じます。「一切衆生の志願」が本能なのでしょう。そして、それを「満てたまう」のが「称名」なのでしょう。

☆やすさん こんばんは
いつもご教授いただき、ありがとうございます。
「一切の有情にも、国土にも血のつながりを感ずる」
このような感覚って、とてもとても大事だと思います。このような感覚があってこそ、「御同行御同朋」とか「バラバラでいっしょ」とか「みんななかよく」ということが成り立つのだと思います。
そういうことなしに 一緒になろうとするから、絵空事になってしまいます。

教えに聞くことって大切だなぁと思います。

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